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江戸近郊道しるべ

著:村尾嘉陵 編注:朝倉治彦(平凡社 東洋文庫)

江戸時代後期(文化、文政、天保年間)の、江戸近郊旅行記。著者の村尾嘉陵(むらお かりょう)は、清水家の御広敷用人(※1)。多忙な勤務の合間、休日に楽しんだ日帰り徒歩旅行の記録を書き残した(※2)。本書には、そのうち40編が収録されている。
嘉陵が訪ねたのは、西は日野、東は船橋や柏、北は桶川、南は川崎と、江戸近郊の東西南北にわたる。記録には、目的地はもちろん、江戸市中からの道中の記載もあり(※3)、道案内も兼ねている。さらに、故事や由来、伝説なども交え、自筆の絵地図や絵図、道中で気になった事物のスケッチなども多数添えられており、さながら観光ガイドブックのような内容になっている(※4)。
嘉陵の訪問先のうち、現在の杉並区にあたる場所は、堀之内妙法寺、大宮八幡宮、阿佐ヶ谷神明宮、井草八幡宮、善福寺池、妙正寺池、妙正寺、観泉寺など。本書を読んで、嘉陵とともに江戸時代の杉並を旅してみたらいかがだろうか。

▼関連情報
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おすすめポイント

嘉陵は、旅先で出会った人とのエピソードも記録している。
1832(天保3)年5月の「遅野井村正八幡宮参詣、同所善福寺・井草妙正寺池」では、井草八幡宮を参詣した後、善福寺池に向かう。さらに妙正寺池へ行く途中、観泉寺前の芋畑で作業中の老人に道を尋ねると、「左へひだりへ」と教えられる。その言葉をたよりに進むと、長屋門(※5)の景観が目を引く場所に出た。嘉陵は「小渠ことごとくあやめ生ず」と記している。
妙正寺では村人が池までの道案内をしてくれた上、井草村から天沼村に入る橋まで同行し、江戸市中への道も教えてくれた。嘉陵はこの村人に深い感銘を受けたようで、感謝の言葉とともに名前を尋ね、再会を約束した。
こうした記述から、当時の杉並に暮らしていた人々の姿を知ることができる。

嘉陵の歩いた井草を現代に伝える風景(長屋門、妙正寺、妙正寺池)

嘉陵の歩いた井草を現代に伝える風景(長屋門、妙正寺、妙正寺池)

※本書は現在、電子版のみ配信されている。国立国会図書館デジタルコレクションでも閲覧可能
※現代語訳として、『江戸近郊ウォーク』(小学館)、『講談社学術文庫 江戸近郊道しるべ 現代語訳』(講談社)が出版されている

※1 清水家は徳川御三卿(ごさんきょう)の一つ。御広敷用人は大奥に置かれた男性武士の役職
※2 記録された旅の時期は、30年の長期間にわたる
※3 嘉陵の自宅は麹町三番町(現千代田区九段南・九段北)にあった
※4 江戸時代の杉並については『新編武蔵風土記稿』(昌平坂学問所編さん)にも地誌の記載があるが、『江戸近郊道しるべ』のような私的な旅行記は希少。江戸近郊の名所巡りは、当時の人々の娯楽だった。嘉陵の記録は、自筆本のほか写本もいくつか現存しており、同好の士の間で読み広がったことがうかがえる
※5 長屋門:江戸時代の武家屋敷や富裕な農家などで見られる、門と長屋が一体化した建築形式。杉並区清水2丁目の長屋門を保存する井口家に伝わる文章(「井口喜容家所蔵文書」)は、杉並区指定有形文化財(古文書)である

DATA

  • 取材:井上直
  • 撮影:井上直
  • 掲載日:2026年05月18日