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掲載日時

杉並の水爆禁止署名運動を称えてイタリアの女性団体から贈られた旗(1955)

掲載日:2007.02.14

杉並で始まった水爆禁止署名運動

杉並には世界へと原水爆禁止の声を発信した歴史が、今も息づいている。

杉並は原水爆禁止署名運動の発祥の地といわれている。署名運動は、1954年3月に実施されたビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験が発端で起こった。

杉並は原水爆禁止署名運動の発祥の地といわれている。署名運動は、1954年3月に実施されたビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験が発端で起こった。 水爆実験に反対して5月「水爆禁止署名運動杉並協議会」が結成され、ヒューマニズムの精神につらぬかれた、組織的な水爆禁止署名運動が杉並区から始まった。 この運動は燎原の火のごとく各地に拡がり、8月には「原水爆禁止署名運...

現在の水道端停留所付近:  コンクリ-トの塀と手前のフェンスの間に千川が流れている。青梅街道の向う側の信号の右に暗渠となった千川の遊歩道が続いている。

掲載日:2007.01.15

青梅街道に沿って流れていた「半兵衛・相澤堀」

杉並区には多くの暗渠、消えた川がある。水路の歴史とその役割を負う。

堀から分かれ水田を潤した小川の流れの跡は荻窪や井草や阿佐谷地区の遊歩道として残っていて、形を変えて区民に親しく利用されている。

井伏鱒二著の「荻窪風土記」に荻窪駅北口前の青梅街道沿いのドブ川に落ちた知人の話が出てくる。パンツひとつになって、バケツの水で洗い流したけれども手足にしみ込んだドブの臭みが翌日までも残ったとある。このドブ川と書かれている流れは、昭和初期に青梅街道が現在のように道幅が広げられる前まで、街道の北側に沿って流れていた川ともドブともいえる溝のような、水田の用水堀であっ...

掲載日:2006.12.28

清水孝雄さん

区役所ロビーでもシルバー人材活躍中

(社)杉並区シルバー人材センター・理事

※記事は掲載当時のものです 1940 年生まれ。高井戸在住。杉並区内にある電機メーカーを退職。 続きはPDFをご覧ください。...

杉並区立学校所在地図  『杉並区立郷土博物館 特別展図録 杉並に学校が誕生したころ』より  *特設展図録は区立図書館・区役所区政資料室でご覧になれます。

掲載日:2006.12.18

校章で訪ねる杉並の学校

校章は誰がどのように決めたのだろうか?

地域の歴史を反映した数々の校章。その歴史とともにデザインをみてみる。

明治5年(1872)明治政府は「邑(むら)に不学の戸(いえ)なく戸に不学の人なからしめん」という方針の下に日本の学校教育に着手した。 全国を8つの大学区に分け、1つの大学区に32の中学区を設け、1つの中学区を220の小学区に分けた。その小学区に1校の小学校を開設する計画をたてた。 同5年の「学事奨励に関する被仰出書」に当時の教育の目的などが記されている。「...

掲載日:2006.12.12

佐藤弘美さん

障害の有無を越えた住みよい杉並を目指す

障害者の住みよい杉並をつくる会 事務局長

※記事は掲載当時のものです 1951(昭和26)年北海道生まれ。高校卒業後、東京都職員になり、杉並区役所土木課へ配属される。1981(昭和56)年から「障害者の住みよい杉並をつくる会」の事務局に入る。2006(平成18)年から、「杉並障害者自立生活支援センターすだち」(杉並区今川2-14-12)の所長となり現在に至る。 続きはPDFをご覧ください。...

掲載日:2006.11.16

内藤隆さん

杉並で栗栽培!

杉並区農業委員

※記事は掲載当時のものです 高井戸西2丁目在住。1980 年から20 年以上にわたり、1 町5 反の生産緑地等で栗栽培を行っている。 続きはPDFをご覧ください。...

掲載日:2006.11.16

内藤隆さん

栗農家 

素人が始めた栗栽培が“東京みやげ”になるまで

内藤さんは、高井戸の農家の生まれ。内藤さんが管理する栗園の一角には、小さな地蔵が建っており、よく見ると、200年前の内藤さんのご先祖さまの墓があった場所だという。 季節、季節の地花が添えられている。大昔から地元で農業を営んでいたことが分かるが、「畑仕事などやりたくなかった」内藤さんには、農作業を手伝ったという記憶すらない。大学では化学を専攻、食品会社に就職...

朝礼 杉並第二学寮

掲載日:2006.10.16

杉並の学童集団疎開

太平洋戦争中の子供たちは余儀なく学童疎開をした

空襲や災害を避けるために行われた学童集団疎開体験

太平洋戦争中、空襲や災害を避けるために、学童集団疎開というものがありました。これは国を挙げて実施したもので、杉並でも小学3~6年生を対象にして、昭和19年8月に長野県へ第一陣が出発しました。その学童集団疎開の様子を紹介します。 空爆を逃れて疎開した区内の児童 今日では耳なれない言葉ですが疎開(そかい)は空襲や災害などの被害を避けるために、人やものを分散した...

掲載日:2006.09.29

浅岡八枝子さん

環境問題への誠実な取り組み

堀松梅宮青少年育成委員会事務局長

※記事は掲載当時のものです 2003年NPO法人すぎなみ環境ネットワーク( 旧杉並リサイクル協会)副理事長。法人の事業として環境学習サポーター養成講座、親子対象の自然体験や環境講座を、また、環境情報館、リサイクルひろば高井戸の区の委託講座、講演会なども企画、運営、実施に関わっている。地域や学校で子どもの環境への目や芽を育む活動を環境学習サポーターと力を合わ...

現在の杉並清掃工場の全景

掲載日:2006.09.12

杉並清掃工場建設をめぐる「東京ゴミ戦争」

生活にまつわる知られざる ゴミ をめぐる歴史

杉並清掃工場建設は建設をめぐって「東京ゴミ戦争」と言われた大きな紛争がありました。

杉並清掃工場は昭和41年に東京都が高井戸地区に建設することを発表してから紛糾し、改めて建設場所を選定し直してみたが、最終的に高井戸に落着いた経緯がある。しかし元々は高井戸地区でない場所に計画されていたことはあまり知られていない。 (1)最初の計画地は西田町 東京の発展とともに塵芥焼却施設の増設が必要となってきたので、東京市は周辺区域9箇所に塵芥処理施設の建...