中村明彦さん

ラグビーワールドカップ2019日本大会の医療責任者

1970(昭和45)年の開業以来、南阿佐ケ谷で地域に密着した医療を行っている中村外科小児科医院。2004(平成16)年に父の後を継ぎ院長となった中村明彦さんは、乳がんをはじめとした乳腺疾患が専門の外科医だ。そして、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会の理事でもあり、ラグビーワールドカップ2019日本大会ではトーナメント・メディカル・ディレクター(※)(以下、TMD)として大会期間中の医療関係の責任者を務める。
2019(令和元)年5月、ワールドカップを目前にし、会場の視察等で忙しい日々を過ごす中村さんから、TMDの役割やラグビーの魅力などについて伺った。

※トーナメント・メディカル・ディレクター:ラグビーワールドカップ2019日本大会で、期間中のすべての医療サービスおよび医療施設を提供する責任を担う、医療関係の責任者

中村明彦さん(写真提供:田口恭子さん)

中村明彦さん(写真提供:田口恭子さん)

医師業のかたわら、いろいろなクラブでプレー

北里大学在学中、ラグビー部に所属していたという中村さん。ポジションは、足の速さとパワー、判断力が求められるセンターだった。1980(昭和55)年に慶應義塾大学医学部の外科学教室に入局し、1986(昭和61)年からは栃木県の大田原赤十字病院で勤務する。栃木では地元の社会人ラグビーチームに所属していた。「時間を見つけてランニングなどの自主練習をし、土日の試合に出ていました。2年後に杉並に戻り荻窪病院に勤めたのですが、しばらくは週末に車で2時間かけて栃木まで行って試合に参加していました」というから、かなりの体力だ。
1998(平成10)年には、やはり医師でラグビーをやっていた順天堂大学脳外科医、小野陽二さんの紹介で「東京ドクターズラグビーフットボールクラブ」に、翌年には40歳以上が対象のクラブチーム「不惑倶楽部」に入会する。プレーヤーとして忙しかった頃の中村さんは、いろいろなクラブでほぼ毎週試合に出るハードな生活を送っていた。

中村外科小児科医院の診療室にて。専門が乳腺疾患なので女性患者が多いという

中村外科小児科医院の診療室にて。専門が乳腺疾患なので女性患者が多いという

試合中の選手を診るチームドクターとマッチドクター

クラブチームでラグビーを楽しんでいたのと同時期に、中村さんは小野さんの紹介により、関東ラグビーフットボール協会のメディカル委員に就任した。
ラグビーは1チームに1人、専属のチームドクターがいるが、⾼等学校のラグビー部などチームドクターがいないこともある。そのような場合にも備え、ラグビー協会主催の公式戦には試合中のけがなどに中立的な立場で対処するマッチドクターがラグビー協会から派遣される。そのマッチドクターを担当するのがメディカル委員で、中村さんのようにラグビー経験のある外科医や整形外科医などが多い。「例えば、全国高等学校ラグビーフットボール大会が年末から年始にかけて東大阪市花園ラグビー場で開催されますが、その時には関西ラグビーフットボール協会のメディカル委員だけでなく、関東や九州の委員も休日返上で手伝っています」
ラグビーの試合中のけがには切り傷、打撲、打ち身などいろいろあり、中でも気を付けなければならないのは脳振盪(のうしんとう)だと中村さんは言う。「昔は気を失った選手に、やかんで水をかけたりしたこともあったそうです。でも今は、すぐに試合から退出させて検査・治療し、試合を休むように指導しています」。ラグビーワールドカップ2015イングランド大会では、28台のカメラであらゆる方向からグラウンドを映して、選手の異変やけがを見逃さないようにしていたが、ワールドカップ2019でも同様のチェックが行われるそうだ。

中村さんは、2005(平成17)年から慶應義塾體育會蹴球部(たいいくかいしゅうきゅうぶ)のチームドクターを務めていた。現在もチームに関わっている(撮影:田口恭子さん)

中村さんは、2005(平成17)年から慶應義塾體育會蹴球部(たいいくかいしゅうきゅうぶ)のチームドクターを務めていた。現在もチームに関わっている(撮影:田口恭子さん)

TMDの仕事と責任

中村さんは関東ラグビーフットボール協会に続き、日本ラグビーフットボール協会のメディカル委員になり、2015(平成27)年に委員長に就任した。現在は、ラグビーワールドカップ2019組織委員会からTMDに任命され、兼務している。
TMDの役割の一つは、大会のためのマッチドクターの選任・派遣である。ワールドカップのグラウンドに立てるマッチドクターは、「ワールドラグビー」という世界のラグビー統括団体による講習会に出て、実技試験に合格した、英語にも堪能なエリートドクターだけである。「20数名で予選から決勝まで48試合を担当します。日本代表の試合だけは公平を期すために、香港・マレーシアなど外国人のマッチドクターが診ます」と中村さん。
また、外国チームの医療支援スタッフの任命についても、中村さんが担っている。外国チームを支援するドクターは、2カ月以上チームと一緒に行動し、練習中のけがだけでなく、キャンプ地滞在中に選手が熱を出したときなどにも対応する。「オリンピックやパラリンピックは選手村にクリニックがありますが、ワールドカップ2019は国内12都市に会場があり、キャンプ地は約60カ所です。そのどこでも同じレベルの医療が受けられるように心掛けます」
中村さん自身は大会中、東京都新宿区の組織委員会本部で待機する予定だ。「会場でトラブルがあったら連絡が来ることになっていますが、ドクターたちの出番がなくて良かったという結果に終わるのが一番です」

中村外科小児科医院の待合室にはラグビー雑誌が置かれている

中村外科小児科医院の待合室にはラグビー雑誌が置かれている

医療の組織やネットワークも大会のレガシーにしたい

プレーヤーとしてドクターとして、長年ラグビーに打ち込んできた中村さん。ラグビーの魅力は、「競技自体が楽しいのはもちろん、選手同士すぐ友達になれるところ。それに、ゴールキックやペナルティキックのときに相手チームもやじを飛ばしたりせず静かに見守り、相手のいいプレーに拍手をする応援の雰囲気にある」と言う。ワールドカップ2019は、世界最高峰のプレーを間近で見られる絶好の機会だ。「日本大会の公式キャッチコピーは“4年に一度じゃない。一生に一度だ”ですが、まさにその通りだと思います。ぜひ会場に行ってトップレベルのチームのスピードや迫力を皆さんに体感してほしい。大会をきっかけに、ラグビーに興味を持つ人やプレーヤーが増えるとうれしいですね」。そして、この大会で築く医療の組織やネットワークもレガシー(遺産)にしたいと、TMDとしての抱負を語ってくれた。
杉並区ラグビーフットボール協会会長でもある中村さんは、区内のラグビーが盛り上がって行くことも願っている。「杉並には2つのラグビースクールがあり、高等学校の強いチームもあります。これからもプレーヤーが楽しくラグビーを続けられる環境作りに協力したいと思っています」

▼関連情報
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取材を終えて
杉並区ラグビーフットボール協会事務局から中村さんを紹介してもらい、貴重な取材が実現した。大変な責務を伴うTMDの仕事について、中村さんは終始笑顔でわかりやすく解説してくれた。多くの人たちの努力と協力のもとに開催されるラグビーワールドカップ2019日本大会の成功を祈るとともに、日本代表の活躍を応援したい。

中村明彦 プロフィール
1980(昭和55)年、北里大学医学部卒業。同年、慶應義塾大学医学部外科学教室入局。大田原赤十字病院、荻窪病院勤務を経て、2004(平成16)年に中村外科小児科医院を継承。
2015(平成27)年にラグビーワールドカップ2019日本大会トーナメント・メディカル・ディレクターに就任。日本ラグビーフットボール協会メディカル委員長兼同協会理事。関東ラグビーフットボール協会理事。杉並区ラグビーフットボール協会会長。

南阿佐ケ谷で父の代から続く中村外科小児科医院

南阿佐ケ谷で父の代から続く中村外科小児科医院

取材後に中村さんがプレゼントしてくれたワールドカップ2019のバッジ

取材後に中村さんがプレゼントしてくれたワールドカップ2019のバッジ

DATA

  • 取材:西永福丸
  • 撮影:西永福丸
    写真提供:田口恭子さん
  • 掲載日:2019年07月08日