角田光代さん

30年間、常に人気作家として走り続ける

1990(平成2)年のデビュ-以来、ベストセラ-を世に出し続ける直木賞作家・角田光代さん。創作の秘密について伺ったところ、角田さんの生活を側面から支えている西荻窪という街の姿も見えてきた。

「人生の半分以上、杉並で暮らしています」
21歳、大学生の時に東京で一人暮らしを始めました。最初は通学に便利な中野に住んでいたのですが、24歳の時に、南阿佐ヶ谷に引っ越してきました。“友だちを呼んで夜中まで宴会ができること”など、住まいに対する条件が多すぎたせいか、なかなか理想の住まいが見つからず、その後も荻窪、西荻窪など、区内で引っ越しを繰り返しました。
その中で一番長く住んでいるのは西荻窪です。街の規模が大きすぎず、ちょうどいい感じです。また、個人商店が多いところも気にいっています。八百屋さんでは旬のものや、野菜の調理法を教えてもらったりできますし、肉屋さんでおいしい惣菜を買ったりもしています。その上、お気に入りの居酒屋もたくさんあって。これからも、ずっと西荻窪に住み続けようと思っています。中央線沿線の街を舞台に書いた『ドラママチ』という小説がありますが、これは杉並在住の編集者の依頼で書きました。編集者の“杉並愛”に押された感じです。

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直木賞作家・角田光代さん 

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角田さんがよく行く青果店。旬の食材や調理方法を教えてもらうこともあるそうだ

角田さんがよく行く青果店。旬の食材や調理方法を教えてもらうこともあるそうだ

西荻窪で続けていること

近所の都立善福寺公園と、そこから川沿いに伸びる都立善福寺川緑地が好きです。週末は、西荻窪から阿佐谷方面に向かってランニングしています。この川沿いの道は四季折々の変化があっていいですね。長い時は18kmくらい走ることもありますが、平均して10kmぐらい走ります。運動が好きというわけではなく、やり始めたらやめるのが面倒なので続けているという感じです。
また、33歳の時に失恋をしたのがきっかけでボクシングを始めました。メンタルを強くしたくて。近所に輪島功一さんのジムがあったので通い始めました。ランニングは、走っている時に夕飯の献立とか仕事のことも考えられるけど、ボクシングはきついので完全に何も考えられなくなります。頭が空っぽになれるのがいいんでしょうね。でも、体幹が鍛えられてないせいか、あまりうまくはなりません。どれだけやっても、どこかおかしい気がしています。

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すぎなみ学倶楽部 特集>公園に行こう>都立善福寺公園

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杉並区商店街マップを見ながら、なじみの商店について語る角田さん

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西荻窪駅から徒歩約5分、角田さんが通う「輪島功一スポーツジム」

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30歳から変わらない仕事スタイル

自宅から歩いて17分くらいのところにある仕事場に通っています。仕事は、だいたい午前9時から午後5時までと決めています。このやり方は30歳の時に始めました。その頃、会社員と付き合っていて、彼と会うために平日の夕方以降と土日は仕事をしないようにしました。それ以前は徹夜をしたり昼間から飲んだりしていたのですが、この方が効率が良いことに気が付きました。その後、会社員とは別れたのですが、仕事のスタイルは残りました。仕事が立て込んでいて、どうしても夕方5時に終わらないときは、朝早めに家を出るようにしています。
今までで一番忙しかったのは、2004(平成16)年から2008(平成20)年にかけての時期です(※1)。この時期は午前5時から午後5時まで12時間書いていたこともありました。でも、こんな生活は嫌だと思ったので、その後は仕事を調整するようにしています。よく、“興が乗って午後5時になっても筆が止まらず書き続けることはないのか”と聞かれますが、全くありません。

※1 2005(平成17)年の『対岸の彼女』(直木賞受賞)や2007(平成19)年の『八日目の蝉』(中央公論文芸賞受賞)などの執筆で、最も多忙だった時期。連載も最多で28本あった

夫、河野丈洋氏との共著『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』には、杉並区内の居酒屋が多数登場する

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西荻窪にある「とらや本店」のメンチカツ(左)とコロッケは、角田さんお気に入りの惣菜

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仕事は「職人スタイル」で淡々と

物書きには、大きく分けて2種類のタイプがあると思います。芸術家タイプと職人タイプ。芸術家は、書くべきことが次から次へと天から降ってくる人ですね。私も若い頃は芸術家のふりをしていたのですが、そうじゃないって気が付きました。典型的職人タイプで、机の前に座れば淡々と書き続けることができますが、午後4時半を過ぎると何も出てこなくなります。なので、コーヒーカップを洗ったりして、帰り仕度を始めます。5時過ぎに仕事場に一人でいるのが嫌なんです。6時には家に帰って飲み始めたいし、5時に仕事を終えていれば都心で会食があっても間に合います。

杉並が舞台の短編集『ドラママチ』

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『源氏物語』の現代語訳に全力投球中

2015(平成27)年から、もう丸3年『源氏物語』の現代語訳に取り組んでいます(※2)。小説を書いている方が楽しいのですが、20代の頃から信頼している池澤夏樹さんに頼まれたので、ひたすらがんばっています。他の方々が担当されているところはほぼ終わっていて、私の『源氏物語』待ちなので、ご迷惑はかけられないなと。2020年の東京オリンピック前までには完成させたいと思っています。
それから、恐ろしいことに、来年からの別の仕事がもう決まっています。『源氏物語』が遅れると自分で自分を苦しめることになるので、今までの禁を破って5時以降に仕事を家に持ち帰ることも検討し始めているところです。まだ実行はしていませんけど。

※2 作家・詩人の池澤夏樹さんが独自の視点で厳選した『日本文学全集 全30巻』の仕事

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すぎなみ動画>杉並ゆかりの文化人 アーカイブ映像集>小説家 角田光代さん(外部リンク)

取材を終えて
執筆や取材での出張で多忙にもかかわらず、合間をぬってインタビュ-に応じてくれた角田さん。一つ一つの質問に丁寧に答える誠実な姿勢は、エッセイなどから感じていた角田さんのイメ-ジそのままだった。「ずっと西荻窪に住み続けます」という言葉から、西荻窪の街と人を愛し、真摯に仕事をし、生活を楽しんでいることが、ひしひしと伝わってきた。実は、角田さんが中学・高校在学時に、私はその学校の教員として在職していた。今回、このような形で再会できたことに感謝している。

角田光代 プロフィ-ル
1967年 神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
1990年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、1998年に『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年『ロック母』で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞を受賞。2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。
多くの文学賞の選考委員を歴任。著作多数。現在は『源氏物語』の現代語訳に集中。小説の執筆は2020年に再開の予定。

杉並区のキャラクタ-なみすけのバッグがお気に入り

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手作り加工肉専門店「ソーセージハウスもぐもぐ」。「特にベーコンは絶品」と角田さんのお墨付き

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本来、辛党である角田さんも一押しの「越後鶴屋」。季節の和菓子や杵つき餅、おこわ、豆腐プリンに、開店前から並ぶ人も

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DATA

  • 取材:磯部 恵子
  • 撮影:磯部 恵子、Diego
  • 掲載日:2019年04月01日