主力商品のマツダスーパー油絵具
松田油絵具株式会社は、1948(昭和23)年に杉並区井荻で開業した「株式会社松田画荘」からスタートした国産油絵具メーカーである。従業員12名の老舗企業だ。3代目となる社長の浅田雅司さんを訪ね、現在埼玉県狭山市にある工場を見学させていただいた。創業者の松田杢平氏は、1940(昭和15)年頃には、松田画布更生所を創業し、使用済みの油絵キャンバスから絵具を除いて下地処理し再販売する油絵用キャンバス更生事業を始めていた。「画家の使い終わった油絵具のチューブも回収していました。当時、油絵具はスズ製のチューブに入っていて、使用後は錫材として有用だったんですね」と浅田さん。
松田画荘の設立後、戦前からのチューブ回収や画材販売、キャンパス更生事業をする中で画家との交流が生まれ、油絵具の試作などの相談も受けるようになった。1946(昭和21)年の絵具製造に着手した時には洋画家の山下新太郎氏や岡鹿之助氏を、顧問として迎え、1952(昭和27)年にマツダスーパー油絵具を発売。「顔料は数千種類もの高級顔料のうち最高と思われるものを選び、乾性油(※)には全色に黄変しにくいポピーオイルを使用しました。こうして作ったマツダスーパー油絵具は、長年たっても変色、退色がないんです」。洋画家の中川一政氏や牛島憲之氏をはじめ、現在も多くの画家に愛用されている。
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1961(昭和36)年に速乾性油絵具(現在のクイック油絵具)のスピードカラーを発売した。続いて1962(昭和37)年、油絵用下地材のキャンゾールを発売。固着力に優れた下地材で、油の吸い込みを防ぎ、キャンバス、木製パネル以外にも、色紙や厚紙などに塗ることができる画期的な商品だ。
スーパー油絵具とこれらの商品を主力として、1962(昭和37)年に松田油絵具株式会社に社名変更した。現在は油絵具、画用液、下地材のほか、アクリル絵具の国産メーカーでもある。国産初のアクリル絵具、アクリルカラーを発売したのは1967(昭和42)年。その後、アクリルカラーは皮革の染色用に好適であることがわかり、画材店のみでなく手芸店でも販売を続けている。「長年研究し手間暇かけて、大量生産では絶対に造れない絵具を提供できることを誇りにしています」と浅田さんは語る。
永福町にアトリエを構えていた洋画家の中川一政氏から、オレンジ系の油絵具の希望が寄せられた。これに応えてカドミウムレッドオレンジの油絵具が生まれ、この絵具は中川氏の色彩とタッチを特徴づけるものとなった。その後もカドミウムイエロー系など特注の絵具が中川氏の作品を彩った。
洋画家の豊田三郎氏は、帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)を卒業後、中島飛行機製作所に勤務し看板などを描いていたが教職を経て画家となり、故郷の福井の山々などを題材とした作品を描くようになった。豊田氏の独特な緑色は「トヨダグリーン」と呼ばれていた。2009(平成21)年、豊田氏から100歳の記念に、「トヨダグリーン」を再現した絵具の制作を依頼され、製品化された絵具は以後多くの作品に使用された。
また、洋画家の牛島憲之氏の作品にも希望に沿った油絵具が提供されるなど多くの画家との交流があり、杉並区にゆかりのある画家では、馬越陽子氏、入江一子氏、佐野ぬい氏ら女流画家の作品制作にも寄与してきた。
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2013(平成25)年には、フランスのセヌリエ社の日本総代理店となり、水彩絵具やオイルパステルなど幅広い商品を扱っている。
また、美術系の学校、各種美術展などで美術団体の活動を応援するため、「マツダ賞」としてコンテストや公募展への副賞の提供も行う。女子美術大学の創立125周年にあたる学園祭に参加するなど、次世代の画家へインセンティブを与える活動にも力を注ぐ。
浅田さんのモットーはと尋ねると「絵具は、変わらないことが一番大事。同じ白い絵具なのに、白さがアップしてはいけないんです。退色、変質してもいけない。日々研究し、新しい製品の開発も行っています。描かれた作品の100年、200年後を考えた絵具作りがモットーです」と真剣なまなざしで語ってくれた。
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※乾性油:画用液の一種で溶き油ともいわれる。空気中で徐々に酸化することにより固化する油
『わかる!選べる!使える!画材BOOK』磯野キャビア(株式会社玄光社)
「光と緑の美術館」ホームページ