2023(令和5)年6月に、今までにない視点で西荻窪の魅力を伝える『西荻さんぽ』という本が刊行された。著者は、西荻窪で生まれ育ったイラストレーター・絵本作家の目黒雅也(めぐろ まさや)さんだ。剣道の有段者で、新渡戸(にとべ)文化中学校・高等学校の剣道部の総監督も務めている。
回想も交えた縦横無尽の西荻窪愛語りを、自身が描いたほのぼのとしたイラストが彩る著書は、読者の注目を集め、2024(令和6)年10月には西荻窪本第二弾『西荻ごはん』が刊行された。
西荻窪を知り尽くす目黒さんに、お気に入りの喫茶店「それいゆ」にて街の魅力を中心に話を伺った。
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1977(昭和52)年に西荻北3丁目で生まれ、引っ越しするまで18年間住んでいました。当時の西荻窪は、知る人ぞ知るローカルで目立たない街でした。個人商店が中心で、商店街が四方八方に広がり、高いビルもなく開発の手が入っていませんでした。そうした街のたたずまいは、テレビなどで注目されるようになった現在でも変わっていません。
子供の頃は、駅北口にある杉並区立井荻公園が格好の遊び場でした。子供たちのたまり場だった駄菓子屋は、今はありませんが懐かしく忘れがたい場所です。家族でよく食事をしたのが、町中華の「萬福飯店(まんぷくはんてん)」やイタリアンの「ポモドーロ」です。特別な外食時には「洋食のみかさ」で食事をしたことも覚えています。どの店も、現在も営業している西荻窪きっての老舗で、子供の頃からその味に親しんできました。
大学生になった頃、いっとき西荻窪から離れましたが、大学卒業後の2000(平成12)年に再度暮らし始めました。街が少しずつ変化し始めたのは、その頃からでした。建物が老朽化して、建て替えられることが増えてきたのです。ただ、跡地には大きなビルが建たず、西荻窪らしさは残りました。新築された建物に個性的なビストロやスイーツ店が開店しただけでなく、古民家を再利用した店も見られるようになり、老舗と新しい店が混在するようになりました。
西荻窪は比較的賃料が安く、小さい店が実験的に開店しやすかったようです。シンガポールのチキンライスがメインの「海南チキンライス夢飯(ハイナンチキンライスムーハン)」や、ベーグル専門店「ポム・ド・テール」のように、西荻窪での成功が日本でのブームにつながったと思われる店もあります。
西荻窪住民の食に関するこだわりは相当なもので、低価格だけでは受け入れられません。他の街では人気の店でも、西荻窪では支持を得るのは難しいです。そのためチェーン店が少なく、街の特徴の一つになっています。店主の好みが反映された多様なジャンルの店がそろい、料理評論家が足を運ぶこともあり、食のレベルはかなり高いです。
また、抜け穴のような個性的な店が多くあるのは、住民が珍しい物をあまり抵抗なく受け入れてくれるからだと思います。ジャンルを特化した骨董(こっとう)品店が多いのもうなずけます。
昨今は西荻窪ブームのようですが、街のレベルが上がったというより、住民と店主が作ってきた昔からあったいいものが発見された、といった方が良いかもしれません。
おいしいものを求めて西荻窪を訪れるなら、事前の知識なしに歩き回り、好みの個人店を選ぶのがベストです。初心者の食の探訪ルートとしておすすめなのが、若い人向けの店が多い駅南側の乙女ロード、駅北側の西荻北3丁目周辺、南口駅前の飲み屋街です。南口の飲み屋街は、レトロな雰囲気とパッと入れる気軽さがあり、初めてでも楽しめる場所になっています。
入った店で他の店を紹介してもらうのも、新しい店に出合う方法です。店同士の交流があり、互いに応援し合っているため、行きつけの店を教えてもらえるかもしれません。親切に話してくれる店主が多いです。
「萬福飯店」「欧風料理 華」「それいゆ」は、西荻窪に来たらぜひ訪れてほしい個人的な一押し店です。
現在の私のイラストには人がよく登場しますが、元々は人を描くのは得意ではありませんでした。転機になったのは、2015(平成27)年の「第13回 TIS公募」(※)で入選したことです。その時の入選作は、西荻窪にある「やきとり 戎(えびす) 西荻南口店」の店内と、そこに集って酒を楽しむ人々の様子を描いた作品です。全体を入れるために実際の店内とレイアウトを変えましたが、店の雰囲気は良く出ていたと思います。これを機に、人が登場する普通の街の絵を描くようになりました。なお、私のイラストの基本は、力を抜き、きれいに描こうとせず一回で仕上げることです。
本業の他に新渡戸文化中学校・高等学校の剣道部の総監督を務めています。2020(令和2)年からの新型コロナ流行の間は部活ができず、食べた物をスケッチして過ごしていました。たまったイラストをまとめて本にしたいと思い、ネットで出版先を探したところ、亜紀書房から「文章も書いてくれたら出版可能」との連絡がありました。文章を書くのも好きで、前から書きためていた物があり、すぐに出版の運びとなりました。参考にするための写真がどうしても見つからず、記憶を頼りに想像で描くこともありました。イラストは対象をイメージで表現するので、描いた物の存在感を、読者に写真よりリアルに伝えられる場合もあるようです。
出版当初は、マニアックすぎると言われ吉祥寺の書店には置いてもらえないくらいでしたが、幸いなことに売れ行きは好調でした。西荻窪の今野書店(こんのしょてん)では、半年間に1,000冊以上が売れたそうです。
1977年、杉並区西荻窪に生まれる。イラストレーター・絵本作家。
杉並区立桃井第三小学校、日本大学第二中学校・高等学校を経て、日本大学芸術学部デザイン学科卒業。在学時には安西水丸に師事。
現在、新渡戸文化中学校・高等学校の剣道部で総監督も務める(七段)。
主な著書に『西荻さんぽ』、『うちのしょうちゃん』、『あれたべたい』(枡野浩一との共著)、『ネコのなまえは』(枡野浩一との共著)がある。
※TIS公募:東京イラストレーターズ・ソサエティが主催するコンペ。イラストレーターへの登竜門といわれている
『西荻さんぽ』目黒雅也(亜紀書房)
『西荻ごはん』目黒雅也(亜紀書房)
『あれたべたい』枡野浩一・目黒雅也(あかね書房)
『ネコのなまえは』枡野浩一・目黒雅也 (絵本館)
『うちのしょうちゃん』目黒雅也(皓星社)
取材協力:それいゆ