
「農民定食」。シンプルな野菜のおかずが引き立つように、皿や椀も厳選している
「農民定食」は、西荻窪にある「さいのね庵」の名物料理だ。食事メニューは、おつまみと子供向けメニューを除いて実質これ1つ。杉並区のヘルシーメニューにも登録されている。
元農家の店主・竹川麻衣子さんは、「農家で普通に食べるご飯をイメージしています」と話す。大皿にのった季節の野菜のおかずは約4~5品。どれも気取らず、シンプルに調理したものばかりだ。契約農家である千葉県成田市の「島村農園」の無農薬野菜がふんだんに使われている。「この農園の野菜は味が濃くて、味付けをそんなにがんばらなくてもいいんですよ。お客さんが“おいしいよ”と言ってくださるのは、野菜そのものがおいしいからだと思います」と、竹川さんは朗らかに笑う。
おかずは毎週内容を替え、店のInstagram(インスタグラム)で紹介している。
取材時(6月)は、「新ジャガといろいろ煮たの」「キャベツ新玉葱サラダ」など5品と煮卵が盛られていた。煮物の新ジャガはやわらかく、人参は自然な甘味を感じる。ドレッシングに使われた新玉葱もシャキシャキだ。素材の味や食感を活かした調理で、野菜中心のメニューでありながら十分な満足感がある。客からは「お腹いっぱいになるのに体が軽い」「おふくろの味がして懐かしい」といった声が寄せられているそうだ。
定食には、具だくさんの味噌汁、雑穀米、飲み物が付く。味噌は、毎年10月に1年分を手作りしており、発酵の進み具合による味噌汁の味わいの変化も楽しめる。冬は、ふかした里芋や大根に、この味噌だれをかけたおかずも人気だ。
竹川さんは大学で美術を学んだ後、栃木県と千葉県で14年間、農業に従事。野菜や卵を宅配セットにしてレストランや個人宅へ届け、利用者への手紙やSNSを通じて季節や自然の営みも伝えてきた。
やがて、「人と関わる仕事がしたい」と考えるようになり、2024(令和6)年に「さいのね庵」をオープン。農作業の合間にみんなで食卓を囲んだ経験から、大きな座敷にテーブルを並べて食事を楽しむような空間を、都会にもつくりたかったという。
出店先には、かつて暮らした中央線沿線の中から西荻窪を選んだ。「西荻は個人商店が多く、受け入れてくれるような温かさがあると感じています」と竹川さん。来店客が「また来ます」と声をかけてくれることも励みになっている。
店内では、知人の紹介で出合った「m.vege Mika」の焼き菓子も販売。また、地元で行われるイベント「西荻雛祭」や「西荻茶散歩」にも参加し、地域との交流を深めている。
竹川さんは美大出身ということもあり、アートの発信にも力を入れている。定期的にギャラリー展示や映画上映、落語会などを開催し、作家や出演者との食事会を行うのも、「さいのね庵」の魅力の一つだ。普段のカフェの利用者は近隣の40~70代女性が中心だが、展示会には遠方から作家のファンが訪れることもある。
また、味噌や豆板醤づくりのワークショップなども実施しており、こちらも好評だ。「手を動かし、季節を味わえるような活動を続けていきたい」という竹川さんの思いは、農業に携わっていた頃から変わらない。
今後は、食事と催しを組み合わせた企画もさらに充実させていく予定とのこと。人々が表現し、食卓を囲み、対話を深める、地域の新たな交流拠点になりそうだ。