アニメーション映画監督・宮崎駿さんが著書『トトロの住む家』で紹介した、大きなキンモクセイの木がある小さな家。庭にはバラをはじめ四季折々の花が咲く。大正末期に建てられた阿佐谷の文化住宅、バラの咲く家=旧近藤邸は今はもうない。2009(平成21)年の火災で焼失してしまったからだ。
本書は2007(平成19)年から約2年間、写真家・公文健太郎さんが旧近藤邸を丁寧に撮影し記録した写真集。日本写真協会賞新人賞および作家賞を受賞、第一次産業の現場を取材した写真集を出版するなど国内外で活躍している公文さんが、20代の頃に撮った記念碑的な作品でもある。
家や庭の静かなたたずまい、小さな花や庭に訪れる虫までをも写した写真は、ほぼ1ページに1枚というゆったりとしたレイアウト。当時の家主、近藤英さんの語りかけるような文章と相まって、ページをめくれば、まるでこの家に招かれたような気分を味わうことができるだろう。
撮影のきっかけは、英さんと共通の知人から声をかけられて。美しい家と庭を撮りたいと、1年以上にわたる撮影がスタートしました。それまで海外で写真を撮ることが多く、身近なところを撮るのはほぼ初めて。あれこれ工夫するよりも、ただストレートに撮りました。だからこそ自分とこの家との関係のようなものが表現できたのではと思います。
かつてデザインの学校の先生だった英さんを慕って、教え子など多くの人があの家に訪れていたそうです。火災のことを聞いて駆けつけると、大勢の人がお見舞いに来ていたので花束だけ届けて帰ったのですが、数時間後に英さんから電話が。花束を焼けた家の跡に供えたら、夕日が当たってとても美しいので、ぜひ撮りにきて、と。誰よりも悲しかったはずの英さんの強さを感じました。
この本は記録でもあるんですが、本を通して心の中の大事な場所を思い出したり、見つけたりする気持ちにつなげてもらえるといいなと思っています。
(2025(令和7)年6月30日 『バラの花咲く家』公文健太郎写真展 会場の書店Titleにて)
焼失した旧近藤邸は、現在「Aさんの庭」という名前の区立公園になっている。旧近藤邸を愛した宮崎駿さんが名付け、公園のアイデアを描いたイメージスケッチを生かして、2010(平成22)年7月に開園した。
「Aさんの庭」にはバラやキンモクセイなど、かつての姿を思わせる花や木々が植えられている。英さんは本書で「近所の子供たちが大好きな家でした」「この家と庭は、大勢の人たちの安らぎの場として存在した、といっても過言ではないでしょう」と語っている。「Aさんの庭」もまた、人々が集い安らぐ場として、これからも地域に大切にされていくだろう。公園を散策しながら、本書の中に今も生きる「バラの花咲く家」に思いを馳せてみてはいかがだろうか。
▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 特集>公園に行こう>Aさんの庭
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>読書のススメ>トトロの住む家 増補改訂版