野田栄一さん

国際野外アート展「トロールの森」を盛り上げる郷土史家

都立善福寺公園や西荻窪の秋の風物詩といえる国際野外アート展「トロールの森」。郷土史家の野田栄一(のだ えいいち)さんは、2019(令和元)年まで実行委員会事務局代表を務め、今もスタッフとして応援している。杉並で代々農業を営む家で育ち、郷土史への造詣も深く、農家で受け継がれてきた風習を伝える講師としての顔も持つほか、杉並区文化財保護ボランティア(※)としても活躍中だ。
2020(令和2)年の年の瀬、杉並区立郷土博物館で資料調査を手伝っていた野田さんを取材し、地域活動への思いについて伺った。

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郷土史家の野田栄一さん。「トロールの森」の運営など、さまざまな活動を通して杉並の街を盛り上げている

郷土史家の野田栄一さん。「トロールの森」の運営など、さまざまな活動を通して杉並の街を盛り上げている

杉並区文化財保護ボランティアに参加

歴史が好きで、高校時代は歴史研究会、大学時代は考古学研究会に所属。埼玉県東松山市や所沢市で発掘調査、長野県飯山市で古⽂書の⽬録作りのサポートをしていた。「発掘や古⽂書の⽬録作りは、地域の方にお世話になることが多く、この恩をいつか自分の住んでいる地域で返していきたいと思い続けてきました」
卒業後はサラリーマンをしていたが、2002(平成14)年に実家を継いだ。その頃、「杉並区文化財保護ボランティア講座」の案内を偶然目にし、参加したことがきっかけでボランティアを始めたという。「活動は専門家のサポートですが、今までわからなかったことがわかり、形となっていくことにやりがいを感じています。調査の手伝いのため、普段手にすることができない文化財に直接触れることができるのが幸せ。歴史そのものに触れている気分です」。好きな歴史の知識を通して地域貢献できる、やりがいのあるボランティア活動だ。

文化財保護ボランティア活動の1こま、郷土博物館の会議室での資料調査のサポート作業

文化財保護ボランティア活動の1こま、郷土博物館の会議室での資料調査のサポート作業

歴史に触れるワクワクを伝えたい

2006(平成18)年ごろより、郷土史家として西荻窪を中心に活動し、地元の街歩きやウオーキングの講師なども務めている。地域の歴史や地形の研究には、学生時代に考古学研究会で遺跡の調査をしていた経験が役に立っているそうだ。「当時僕がやっていたのは遺跡の分布調査。調査区域を歩いて土器や石器などの遺物を拾い、地図上にポイントしながら、場所の広がりや地形などの条件を加味して遺跡の範囲を推定していました」。毎日、地図(地形図)を持って歩いているうちに、遺跡と地形の関係、土地の高低差、川跡、土木工事の跡などが分かるようになった。「研究会での経験から、街を歩いているときも、“なぜここにお寺があるのか”、“この道はかつて水路だったのではないか”というふうに、街の成り立ちについて自然と考えるようになりました」。そうした道程を現代の街に当てはめてみると、昔の街の様子や生活が浮かんでくるという。「歴史の勉強というと年号や人名を暗記することと思われがちですが、それとは違うワクワクする魅力を、街歩きやウオーキングなどを通じて地域の人々にも伝えていきたいですね」

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西荻地域区民センター協議会・トロールの森実行委員会主催のイベント「まちの成り立ちを歩いてみよう~西荻から善福寺公園~」で講師を担当

西荻地域区民センター協議会・トロールの森実行委員会主催のイベント「まちの成り立ちを歩いてみよう~西荻から善福寺公園~」で講師を担当

「土器を拾うと、ものすごくワクワクします。縄文時代の物が僕の手の中にあるわけですから」。学生時代の思い出を語る野田さん

「土器を拾うと、ものすごくワクワクします。縄文時代の物が僕の手の中にあるわけですから」。学生時代の思い出を語る野田さん

トロールの森を引き継ぐことに。「森から街へ」

2001(平成13)年、アートギャラリーのオーナーの提案がきっかけで翌年から「トロールの森」がスタート。毎年、善福寺公園を中心に、作品の展示やワークショップを行っていた。そのオーナーが2011(平成23)年に代表を辞めることになり、知り合いのアーティストを通して野田さんに代表就任の依頼がきた。「ちょうどその頃、PTAや地域の活動にも参加しており、人と人とのつながりの大切さを感じていました。アートとか全くできないし、メンバーでもなかった僕に代表が務まるかどうか不安でしたが、若い世代ともつながっていくには、アートが一つのキーワードになるかもしれないと思い、引き受けました」
代表就任後、もっと「トロールの森」を地域の人たちに知ってもらおうと、活動範囲を西荻窪駅周辺に広げることにした。公園内では出来ることが限られていたが、駅周辺で営業している複数の店の協力を得て、ワークショップやライブを夜も開催できるようになり、アーティストがやってみたいことを形にする舞台が広がっていった。
2020(令和2)年はコロナ禍にあって開催が危ぶまれたが、ギリギリのところで許可が下りた。「公園で設営している間、多くの方が“今年もやるんですね”とスタッフに声を掛けてくれました。本当にうれしかったし励みになりました」。代表就任から 「トロールの森」を地域の大切なイベントへ成長させることに貢献した野田さん。今は運営を次世代に託し、スタッフとして支えている。「次はどんな変化が起きるのか楽しみです」

国際野外アート展「トロールの森」。例年11月3日~23日に開催

国際野外アート展「トロールの森」。例年11月3日~23日に開催

「トロールの森」の出展作品を紹介するパンフレットの制作にも力を入れている

「トロールの森」の出展作品を紹介するパンフレットの制作にも力を入れている

つながりが生み出す力の大きさ

若い世代も集う「トロールの森」のほか、年配者が中心の町内会や、子育て世代が参加するPTAなど、野田さんはいろいろな活動に関わってきた。その経験から「地域活動に重複して参加する人がいると、サークル同士が緩やかにまとまり始めるようです。自分を通じて世代を超えたまとまりが生まれたことを実感しています」と語る。多くの人に支えられて、西荻窪にまで地域を広げながら回を重ねてきたトロールの森の盛況ぶりが、人々のつながりが生み出す力の大きさを証明している。
最後に、おすすめの地域活動について伺ったところ「⼊りやすいものに⼊ってみるのが良いと思います。例えば町内会。地域の身近な人と知り合いになれて地域の課題が良く見えます。まずは、町内会はいかがでしょうか」とアドバイスしてくれた。
「地域の手伝いをしたい」という思いから始めた野田さんの地域活動は、人と人、街と街をつなぎ、歴史を刻み続けている。

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一緒につくれるビデオシリーズ ツクる「杉並区に伝わる七夕馬つくり」講師:野田栄一さん(外部リンク)

取材を終えて
多忙な野田さんにいただいた約1時間の取材時間。初めて取材に臨む私たちに丁寧に話してくれた。話題は、学生時代の考古学研究会に始まり現代アートに至るまで多岐に及んだ。いずれの話題にも共通するのは「人のつながり」と「郷土愛」。野田さんのお話を伺い、地域活動のすばらしさを再認識。私たちも地域活動に参加したくなった。

野田栄一 プロフィール
1961年、杉並区生まれ。郷土史家。杉並区文化財保護ボランティア。国際野外アート展「トロールの森」実行委員会事務局代表(2012〜2019年)。区民センター協議会主催のまち歩きウオーキングなどの講師としても活躍

※杉並区文化財保護ボランティア:区の文化財標柱・案内板の現状確認調査や、郷土博物館所蔵資料の整理作業などを行うボランティア

イベント「BATA ART EXHIBITION 2020」のワークショップで、子供たちに七夕馬の作り方をレクチャー

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野田さんが関わりを持つ活動は、町内会やPTAなどジャンルを超えて広がっている

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DATA

  • 取材:前田祐希、せきど まさゆき(区民ライター講座実習記事)
  • 撮影:前田祐希、せきど まさゆき、TFF
    取材日:2020年12月18日
  • 掲載日:2021年04月19日