杉並の暗渠散歩

(仮称)天沼1丁目支流の暗渠。青々としたコケが水辺を感じさせる

(仮称)天沼1丁目支流の暗渠。青々としたコケが水辺を感じさせる

暗渠とは

河川や用水路を地下化し、蓋(ふた)をして見えなくしたものを「暗渠(あんきょ)」という。このところ、『ブラタモリ』(NHK)や雑誌などメディアで取り上げられる機会も増え、興味を持つ人が次第に増えてきた。
区内には、妙正寺川、善福寺川、神田川から引いていた用水路のほか、玉川上水や、廃止された井草川、桃園川、小沢川など、河川と用水路の暗渠が多く存在している。
中でも、荻窪周辺は暗渠の宝庫だ。青梅街道沿いには、かつて玉川上水から分水した六ヶ村分水(別名「半兵衛・相澤堀」)という灌漑(かんがい)用水が流れていた。6カ所あった取水口のうち4カ所は四面道交差点付近にあり、そこから取り込んだ水が周辺の村々を潤していた。
また、青梅街道南側の荻窪3丁目、4丁目辺りは、昭和30年代の宅地化が進むまでは天水田圃(※1)と呼ばれる水田地帯で、その用水路が何本も張り巡らされていた。このように、荻窪周辺には大小さまざまな河川と用水路があったが、昭和40年代までにはすべて暗渠化され姿を消した。
今回は、荻窪駅の北から南へ桃園川と善福寺川水系の暗渠を、暗渠研究家の吉村生(よしむら なま)氏と髙山英男(たかやま ひでお)氏の案内で歩いてみた。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部>歴史>記録に残したい歴史>青梅街道に沿って流れていた「半兵衛・相澤堀」
吉村生氏ブログ「暗渠さんぽ」(外部リンク)
髙山英男氏ブログ「毎日暗活!暗渠ハンター」(外部リンク)

荻窪3丁目の暗渠。「カチューシャ付き女子力高め」(吉村氏談)の赤い車止めが目を引く

荻窪3丁目の暗渠。「カチューシャ付き女子力高め」(吉村氏談)の赤い車止めが目を引く

桃園川暗渠化工事の様子。『1966(昭和41)年 杉並新聞第1413号』より

桃園川暗渠化工事の様子。『1966(昭和41)年 杉並新聞第1413号』より

桃園川上流暗渠を行く

桃園川は、天沼から阿佐谷、高円寺、中野を経て神田川に合流する小河川であった。1965(昭和40)年前後には暗渠化され、下水道「桃園川幹線」に整備され現在に至る。

JR荻窪駅北口から、暗渠散歩をスタート
青梅街道を渡り、天沼八幡通りに入る。5分ほどで、突き当たりに天沼八幡神社が見えてくる。道なりに左へ行けば、桃園川の水源の1つである天沼弁天池があった区立天沼弁天池公園だ。
かつての弁天池は、現在の人工池の場所ではなく南側広場のところにあった。「古地図には、ほかにもあちこち池があったことが記されている」と吉村氏。その1つ、瓢箪(ひょうたん)池のほとりでは、「弁天荘」という割烹(かっぽう)旅館が1952(昭和27)年頃まで営業していた。天沼八幡神社にある1953(昭和28)年に奉納された狛犬(こまいぬ)の台座には、「株式会社 天沼弁天荘」の名が今も残っている。

いざ桃園川暗渠へ
天沼弁天池から湧いた水は南下して、周辺にあった池の湧水や六ヶ村分水から引いた灌漑(かんがい)用水と合流して東に流れていた。下水道幹線となった現在は、地上部分は植栽もあるレンガ敷きの遊歩道に整備されている。多くの暗渠は、水路に蓋をしている構造上、車両の進入を防ぐための車止めが設置されている。桃園川暗渠も、区道と交差するところには車止めがあり、目印になってたどりやすい。また、「とまれ」の動物の路面ステッカーがたくさん見られるのも桃園川暗渠の特徴である。
天沼八幡神社から5分ほど歩くと銭湯が見えてきた。髙山氏によると「銭湯など大量の水を使う施設は、その道が暗渠であることを示す重要な暗渠サイン」とのこと。足元の大きなマンホールの穴をのぞけば、意外と早い下水の流れがはっきりと見え、流れる水の音が響いていた。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部>文化・雑学>杉並の寺社>天沼八幡神社
すぎなみ学倶楽部>公園に行こう>区立天沼弁天池公園
すぎなみ学倶楽部>文化・雑学>杉並のキャラクター>「とまれ」の路面ステッカー(動物マーク)

天沼八幡神社の狛犬。台座の裏に「株式会社 天沼弁天荘」の文字が刻まれている

天沼八幡神社の狛犬。台座の裏に「株式会社 天沼弁天荘」の文字が刻まれている

「暗渠サインランキングチャート」。暗渠指数が高くなるほど、そこが暗渠である可能性が高まる (資料提供:髙山英男氏)

「暗渠サインランキングチャート」。暗渠指数が高くなるほど、そこが暗渠である可能性が高まる (資料提供:髙山英男氏)

天沼2丁目付近。銭湯、車止めなどの暗渠サインが集まる

天沼2丁目付近。銭湯、車止めなどの暗渠サインが集まる

橋跡も残る、(仮称)天沼1丁目支流

天沼2丁目から1丁目へ入ると、イルカの路面ステッカーがある横道が見えてくる。桃園川本流の支流だった、(仮称)天沼1丁目支流だ。ここで本流を外れて、その横道に入る。ここまでのレンガ敷きの道と違い、横長状のコンクリート蓋が連なるやや湿気を帯びた道が続く。「このように蓋が並ぶ暗渠を、蓋暗渠と呼んでいます」と髙山氏。鮮やかなコケや橋跡も残る、味わい深い暗渠だ。
やがて住宅に阻まれて道は途切れるが、地図で見ると、その先の住宅が水路を避けるようにして建てられているのがわかる。運よく居合わせた住人から「かつて敷地内を水路が通っていた」との証言も得ることができた。回り込んだ先の家と家の間には、証言通り蓋暗渠があった。

桃園川本流から分かれていた、(仮称)天沼1丁目支流

桃園川本流から分かれていた、(仮称)天沼1丁目支流

橋跡が残る蓋暗渠。ワニの路面ステッカーもある

橋跡が残る蓋暗渠。ワニの路面ステッカーもある

家と家の間に残る蓋暗渠

家と家の間に残る蓋暗渠

知られざる善福寺川高野ヶ谷戸支流

さて、(仮称)天沼1丁目支流の暗渠をそれてJR中央線高架下をくぐり、青梅街道の南側に移動する。徒歩2、3分で着く区立荻窪体育館の正面口にまわると、建物の左側に、青梅街道側から来ている細い水路があった。これは区立大田黒公園付近を流れていた3本の水路のうちの1つで(「空中写真図」点線2)、前述した荻窪3丁目、4丁目一帯にあった天水田圃と呼ばれる水田地帯の灌漑(かんがい)用水路だ。辺り一帯の旧地名である田端村字高野ヶ谷戸の名をとって、善福寺川高野ヶ谷戸支流と呼ばれている。吉村氏によれば「『杉並風土記 上巻』には、杉並では谷戸(※2)を「がいど」と読んでいたので、高野ヶ谷戸は“こやがいど”と読む、と書かれている」そうだ。
今回は、3本ある水路のうち、2本の一部分(「空中写真図」の赤い点線)をたどった。右側の水路(「空中写真図」点線3)は、記事冒頭の写真にあげた「カチューシャ付き女子力高め」(吉村氏談)の赤い車止めが特徴的な、やや生活感を帯びた狭い蓋暗渠だ。街灯もなく、周辺の住民だけが行き来する知られざる道のように思われた。
また、左側の水路(「空中写真図」点線1)の一部は、舗装されている道で街灯はあるものの、人が1人通るのがやっとの狭い道であった。
青梅街道南側の旧用水路暗渠は、前半にたどった桃園川本流の暗渠とは異なり、分け入るのもためらわれるような雰囲気の狭い道が多い。途中で藪(やぶ)になって進めないところもあり、案内してもらわなければ通ることもなかっただろう。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 特集>公園に行こう>区立大田黒公園

「空中写真図」<br>天水田圃内の3本の支流(高野ヶ谷戸支流)。赤い線が今回たどった所。1947(昭和22)年米軍撮影の写真(国土地理院)に加筆

「空中写真図」
天水田圃内の3本の支流(高野ヶ谷戸支流)。赤い線が今回たどった所。1947(昭和22)年米軍撮影の写真(国土地理院)に加筆

「空中写真図」点線2の、荻窪体育館脇を通る水路。奥は青梅街道方面だが、建物の影になっていて先はどうなっているのか不明

「空中写真図」点線2の、荻窪体育館脇を通る水路。奥は青梅街道方面だが、建物の影になっていて先はどうなっているのか不明

「空中写真図」点線1の水路の一部。人とすれ違うことができない狭さになっている

「空中写真図」点線1の水路の一部。人とすれ違うことができない狭さになっている

散歩を終えて

以上で、荻窪駅をはさんだ南北の暗渠散歩が終了した。約1時間半の行程ながら、遊歩道に整備された暗渠と、蓋かけされただけの暗渠という2つの姿を見ることができた。
当日は朝から雨だったが、出発時には奇跡的に雨があがった。髙山氏は「雨上がりの暗渠散歩は、コケや緑が色濃く生き生きとして、より水の存在を感じ取ることができるのでラッキーだ」と言う。途中で日が差す瞬間もあり、暗渠上の植物についた水滴がきらきら輝くのもまた美しかった。暗渠を好きになったきっかけを問われた吉村氏は、「桃園川に恋をしたから」と力強く素敵な言葉で即答した。
今まで何も意識せずに歩いていた道が、実は暗渠だったとひとたび知るや、風景ががらりと変わって見える。かつてのせせらぎが思い浮かび、その流れがたどった運命に思いをはせずにはいられなくなるから不思議なものだ。
杉並区には多くの暗渠が存在している。ぜひ、できれば雨上がりの日に、水とせせらぎの音を感じながら歩いてみてほしい。

※1 天水田圃(てんすいたんぼ):天水とは湧水、雨水など天然の水のみを指す(『杉並の通称地名』より)。この付近には、雨水をためた池と湧水池が混在していたといわれる
※2 谷戸:丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部>文化・雑学>杉並のキャラクター>金太郎(車止め)

古い地図で今どこにいるのか説明する吉村氏。場所が把握しやすく、その時代にタイムスリップしたかのような感覚にとらわれた

古い地図で今どこにいるのか説明する吉村氏。場所が把握しやすく、その時代にタイムスリップしたかのような感覚にとらわれた

要所要所で俯瞰(ふかん)的視点による暗渠の楽しみ方をわかりやすく説明してくれた髙山氏。着ているのは杉並区の暗渠サイン「金太郎の車止め」Tシャツ

要所要所で俯瞰(ふかん)的視点による暗渠の楽しみ方をわかりやすく説明してくれた髙山氏。着ているのは杉並区の暗渠サイン「金太郎の車止め」Tシャツ

吉村氏、髙山氏の共著『暗渠マニアック!』(柏書房)。体系的な暗渠解説と、国内外さまざまな暗渠の深堀り型紹介がテンポよくかみ合って、初めて暗渠を知る人も気軽に読める本だ

吉村氏、髙山氏の共著『暗渠マニアック!』(柏書房)。体系的な暗渠解説と、国内外さまざまな暗渠の深堀り型紹介がテンポよくかみ合って、初めて暗渠を知る人も気軽に読める本だ

DATA

  • 出典・参考文献:

    『杉並の通称地名』(杉並区教育委員会)
    『杉並の川と橋』(杉並区立郷土博物館)
    『星野家文書-千川用水関係資料-』(杉並区教育委員会)
    『杉並新聞 第1413号』(杉並新聞社)
    『杉並風土記 上巻』森泰樹(杉並郷土史会)

    資料提供:吉村生氏、髙山英男氏

  • 取材:RYO
  • 撮影:RYO
  • 掲載日:2019年12月16日