東信水産株式会社

「魚を楽しむ生活」を提案する生鮮魚介専門店

夕方の荻窪タウンセブン地下食品フロア。買い物客でにぎわう中、ひときわ威勢のいい声に客が足を止める店がある。フロアのほぼ真ん中に位置する東信水産荻窪総本店だ。
東信水産株式会社(以下、東信水産)が創業したのは、戦後間もない1949(昭和24)年1月。現在では年商70億円、従業員数317名で、荻窪総本店の他に都内や関東にある百貨店やスーパーマーケットを中心に生鮮魚介専門店31店舗を展開。魚の販売だけではなく顧客に寄り添い、魚を生活の中に取り入れる「魚を楽しむ生活」を提案している。
2017(平成29)年1月末から四代目の社長を務める織茂信尋(おりものぶつね)さんに話を伺った。

戦後の混乱期の創業から現在まで

創業者は、現社長の祖父、織茂信博さん。「祖父は戦時中、海軍に所属していたそうです。戦争が終わり荻窪に戻ってきましたが、当時の食料事情は非常に悪かった。そのため、何か食に関わる仕事をしたいと思ったようですが、土地がなく農業もできなかった。海軍にいたため海の知識があり、そこから魚を扱う職につき、最初は荻窪の魚屋で修業したようです」。荻窪には1946(昭和21)年5月に150店が集まる「新興マーケット」(荻窪タウンセブンの前身)が開設されて、東信水産はその中で産声をあげた。「祖父は54歳の若さで亡くなりました。その後を継いだのが祖母の敏子です。祖母は、馬喰町の菓子問屋の娘だったことから、女性の視点で店員の服装や接客マナーなどの指導に力を入れました。新興マーケットは、戦後の闇市といわれたところで、当時は魚屋が7店もあったそうです。それだけあってもどの店も毎日大変な人でにぎわっていたと聞いています」
1967(昭和42)年には、東信水産の評判を聞いた新宿の百貨店に誘われて出店。その後も、百貨店やスーパーに次々と出店し、ファンを増やしていった。

1981(昭和56)年の店頭・新興マーケット最後の年(写真提供:東信水産)

1981(昭和56)年の店頭・新興マーケット最後の年(写真提供:東信水産)

1981(昭和56)年の店舗の様子(写真提供:東信水産)

1981(昭和56)年の店舗の様子(写真提供:東信水産)

「顧客ニーズに応え、食文化を切り拓く“創造集団”」

2018(平成30)年で創業69年。東信水産の経営陣は何を目指してきたのだろうか。
「私達は、常に誇りある鮮魚界のリーダーとして時代のニーズに応え、食文化を切り拓(ひら)く“創造集団”です」と織茂社長は胸を張る。「魚を食べるという文化を継承していくために、生活の変化や顧客のニーズに反応し、顧客にとってより良いことを技術や知恵を使って創造し、発信していくことを目指しています」。今、水産業の現場は、漁師不足、海水温の上昇など環境問題による漁の状況の変化等、決して恵まれた状況とは言えない。「日本での魚の消費は全般的に減少していますが、消費量が落ちていない魚があるんです。サーモンとブリです。最近サーモンを生で食べる機会が増えていませんか?流通の発達により、主な養殖地であるノルウェーから出荷して最短で38時間後には日本の店頭に並べられるようになりました。少し前までは焼いて食することが主でしたが、カルパッチョやお寿司など調理方法が多様化し、消費が伸びています。ブリはかつて“西の高級魚”という位置付けでしたが、国内でその養殖の歴史が長いこと、いけすの広さや餌の改良など養殖技術の進歩によって品質が向上したことで、今では質の良いものが手軽に求められるようになりました。変化やニーズを的確に捉え、技術を生かして工夫していけば、魚を食べるという文化は引き継がれていくのだと思います」

現在の荻窪総本店の様子(写真提供:東信水産)

現在の荻窪総本店の様子(写真提供:東信水産)

社長の織茂信尋さん

社長の織茂信尋さん

顧客に寄り添う取り組み

顧客のニーズを捉えた東信水産の取り組みの1つとして「Toshin Kitchen(トーシンキッチン)」がある。シーフードスタイリストと呼ばれる料理家が、荻窪総本店の店頭で魚の調理を実演するサービスで、11時、14時、16時と1日3回、それぞれ異なるメニューを紹介している。夕食時間が近い16時の回は短時間で作れるメニューを選び、しかも店長がその日一番にすすめる魚を使う。「どうやって調理するかがわからない」「どう味付けしたらおいしいのか」など魚料理のアドバイスを求める顧客の声を受けて実施しているそうで、このサービスを目当てに通う客もいるとのこと。「付け合わせの野菜や調味料は、同じフロアで調達できるものを選んでいます。そうすることで、タウンセブン全体が活気づきますから」
また、「産」や「官」との連携にも力を入れる。その例が、香川県とのタイアップで販売する「オリーブハマチ」「讃岐(さぬき)さーもん」「さぬき蛸(だこ)」だ。「オリーブハマチ」は香川県ブランドの養殖ハマチで、旬は9月~10月頃。同じく香川県の特産であるオリーブの葉の粉末を餌の中に混ぜて与え育てており、酸化や変色しにくい肉質で、さっぱりとした味わいが人気だ。その他にも、漁獲量と魚の品質の高さにも定評がある青森県との連携で「んめぇ青森」ブランドを開発し、販売に取り組む。「香川・青森両県の知事が年に1回、荻窪総本店を訪ねてくれます。連携している香川や青森の魚を、荻窪のお客様にぜひ食べてもらいたいですね」と織茂社長は語った
食の安全への取り組みも万全だ。2016(平成28)年、荻窪総本店が「東京都食品衛生自主管理認証(※)」を取得。テナント型の生鮮魚介類専門店としては初めての認証取得となり、荻窪総本店内の厨房(ちゅうぼう)で調理した商品には、認証シールが貼付されている。

※東京都食品衛生自主管理認証:食品営業施設全体の衛生管理水準を向上させ、安全性の高い食品を消費者に提供することを目的として東京都が創設した制度。食品関係施設が取り組んでいる自主的な衛生管理を評価するもので、一定の水準にあると認められる施設を認証し、公表している

荻窪総本店の「Toshin Kitchen」

荻窪総本店の「Toshin Kitchen」

「東京都食品衛生自主管理認証」の青いシールが付いた「さぬき蛸」。旬は7月~9月頃

「東京都食品衛生自主管理認証」の青いシールが付いた「さぬき蛸」。旬は7月~9月頃

「オリーブハマチ」(写真提供:東信水産)

「オリーブハマチ」(写真提供:東信水産)

「創造集団」が描く未来

1984(昭和59)年生まれの織茂社長は、まだ30代と若い。「研究者になりたかった」という学業での経験も生かして、本業のかたわら都内の女子大で食に関する講師も務めている。
地域貢献にも積極的で、2016(平成28)年6月に杉並保健所とのコラボレーションで実施した食育イベント「父子お魚クッキング」に講師を派遣している。また、前出の「オリーブハマチ」のPRで、「おさかなシャトル」(水槽つきの車)を利用したイベントも開催。荻窪駅北口ロータリーに珍しい車や楽しいゲームがお目見えし、子供たちが魚に関心を持つようになると毎回好評だ。「地域の行事などには、できる限り参加しています。荻窪白山神社の例大祭では、多くの女性社員が女みこしを担ぎますよ」
最後に、東信水産の今後について伺った。「地域のお客様には、とても感謝しています。私達のお店を、そして商品を認めてくださり、長く愛してくださっている。今日の課題は、少子高齢化、人口の都市集中、訪日外国人の急増などさまざまあると思っています。それらの1つ1つについて、お客様のニーズに応え、新しい何かを創造し、発信していきたいですね」。「食文化を切り拓く創造集団」が次にはどんなアクションを起こすのか、楽しみだ。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>杉並の寺社>荻窪白山神社

食育イベント「父子お魚クッキング」には講師を派遣(写真提供:東信水産)

食育イベント「父子お魚クッキング」には講師を派遣(写真提供:東信水産)

「オリーブハマチ」のPRで広場に現れた「おさかなシャトル」(写真提供:東信水産)

「オリーブハマチ」のPRで広場に現れた「おさかなシャトル」(写真提供:東信水産)

DATA

  • 住所:杉並区上荻1-15-2丸三ビル3F
  • 電話:03-3391-2226
  • FAX:03-3391-6036
  • 最寄駅: 荻窪(東京メトロ丸ノ内線)  荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 公式ホームページ(外部リンク):http://www.toshin.co.jp/
  • 出典・参考文献:

    『レガシー・カンパニー3』ダイヤモンド経営者倶楽部編(ダイヤモンド社)
    「販売店からのアプローチによる魚食推進に関する研究」織茂信尋・木川眞美(一般社団法人日本食育学会『日本食育学会誌』第10巻第2号/2016年)

  • 取材:雪ノ上 ケイ子
  • 撮影:雪ノ上 ケイ子
    写真提供:東信水産
  • 掲載日:2018年02月19日