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前田豊吉商店

鍼灸鍼を作り続けて300年

南荻窪にある前田豊吉商店は、創業300年、鍼製造の老舗企業である。「鍼」とは鍼灸治療に使う鍼(はり)のこと。と言うと、なんとなくイメージはできるものの、実際に治療を受けたことがある人は少ないのではないだろうか。
かつては日本の医療の中核を担っていた鍼治療。伝統ある「鍼」とはどのようなものか、また日本の鍼灸事情について、前田豊吉商店代表取締役中田啓太郎さんに話を伺った。

飾り職から鍼製造業へ

「創業は江戸時代後期、店は神田同朋町(どうぼうちょう:現在の千代田区外神田)にありました。最初は鍼を作るのが主ではなく、飾り職人といって金や銀の装飾もの(かんざしや帯留めなど)を作っていましたが、鍼灸用の鍼を作って欲しいという依頼があり、作り始めました。ただ、第二次世界大戦の大火で店が焼けてしまい、はっきりした文献が残っていないので、誰からの依頼だったのか、いつから鍼を作り始めたのかなどは、よくわかっていません。」
千代田区のホームページによると、外神田周辺は1657年、明暦の大火(振袖火事)で焼け野原となり、翌年、再開発で御坊主衆の屋敷地に指定される。1670年には、町内に商人や職人が住む町屋ができたとあるから、前田豊吉商店の創業もこの頃だろうか。御坊主衆とは江戸城内で将軍や大名などに仕えた世話役で、同朋衆とも呼ばれていた。もしかしたら、鍼の注文をしたのは将軍や御武家様だったのかもしれない。
4代目店主の前田豊吉氏から屋号を「前田豊吉商店」とする。1946(昭和21)年、戦災を受け、西荻窪に移転。その後、松庵に店を構えたが、本社と工場が別々で不便だったこともあり、2006(平成18)年より現在の場所に移り、営業を続けている。

▼関連情報
町名由来板:神田同朋町(千代田区)https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/bunka/chome/yurai/kandadobo.html
上記をもとに編集して作成

中田さん

中田さん

種類豊富なオリジナル鍼

前田豊吉商店で製造する鍼は種類が豊富だ。一般的な鍼灸鍼のほか、小児鍼(刺入しない鍼の総称。主に子供を対象に皮膚を撫でて刺激する)なども作っている。
「鍼には規格がないんです。太さや長さ、持ち手部分など、鍼灸師によって使い勝手が違うので、幾通りもの鍼を作ることができます。手の大きさなどに合わせてオーダーメイドすることも可能です。材質はステンレスや金、銀、銅、プラチナなどがあります。昔は鉄が中心でしたが、錆びやすく保存がきかないことから、江戸時代に金や銀を使うようになりました。でも、鉄に比べると高価なので、戦後は安くて錆びず、硬くて使いやすいステンレスが普及しました。そのほか、当社では1970(昭和45)年頃からコバルトクロームの鍼も作っています。柔らかさはステンレスと銀の中間ぐらいで、表面が滑らかなので刺しやすい鍼です。コバルトクロームは8代目が研究して作った、世界で当社だけのオリジナル商品です。」
また、鍼灸は中国から伝わったものだが、日本の鍼は中国のものに比べて、先端が丸くなっているのが特徴だと言う。
「中国人の肌は日本人に比べて硬いので、太くて尖った鍼でないと皮膚に刺さらないのですが、日本人の肌は繊細で柔らかいので尖っていると痛いんです。ですから日本の鍼は細く(現在、日本国内で作っている最細は0.10ミリ)、先端は松葉型といって、ちょっと丸くなっています。先端を丸くするには微調整が必要なので機械では難しく、当社では最後に職人による手仕上げをしています。」
製造方法はメーカーによって違い、各社が独自に開発した機械や手法で製造しているため、門外不出になっているそうだ。

製造している主な鍼

製造している主な鍼

コバルトクロームの鍼

コバルトクロームの鍼

鍼灸の歴史と日本の鍼灸事情

鍼灸は"中医学"という中国の伝統医学の体系的な理論に基づく治療法の一つである。その起源はおよそ4,000年前にさかのぼり、中医学の発展と共に進化してきた。陰陽五行説を基礎に、病気の原因や病態に合ったツボに鍼を打つもので、副作用もない。(『鍼灸の世界』より)
日本へは6世紀頃、遣隋使や遣唐使によってもたらされたそうで、奈良時代には鍼博士、鍼師という官職が設けられていた。その後、鍼灸治療は日本の医療の中核を担っていくが、明治時代に西洋医学が導入されて以降、評価が低くなり、現在も医療行為と認められていない。
「我々の鍼は、鍼灸師、医師の免許を持っている方が対象なので、なかなか一般の方と関わることがありませんが、皆さんにもっと鍼治療を理解して受けていただいて、鍼はいいものだと感じてもらいたいです。最近は美容として鍼治療を受ける人もいるようです。その他、毎年、東京マラソンでは東京都の日本鍼灸師会の先生方が"ランツボ・はりケアステーション"というブースを設けて、ボランティアで治療をしています。そういうきっかけから、治療を受けた方が継続してくださるとうれしいです。」
世界的には、1972(昭和47)年、WHO(世界保健機関)が鍼灸治療を世界の伝統医学の一つと正式に認め、7年後には43の疾患について鍼灸治療の適応を発表。アメリカやフランス、ドイツなどを中心に多くの国で鍼灸治療の有効性が認められているという。(『鍼灸の世界』より)

金属の熔解に使用した古道具(吹子)

金属の熔解に使用した古道具(吹子)

よい治療はよい鍼で

前田豊吉商店のロゴマークは「管鍼(くだばり)」である。管鍼とは、江戸時代に盲人の杉山和一が考案した日本独自の鍼で、管鍼を使った治療法は日本の主流の技法でもある。
「金属の管に鍼を通して使います。ステンレスの太い鍼はそのままでもいいのですが、金や銀を使った鍼はすごく細くて刺しにくいので、ガイドとして管を使います。特に視覚障害者の方は管がないと治療しにくいので重宝されています。鍼灸師は視覚障害者の職業としても伝統があるので、我々も少し貢献できているかなと思っています。」
創業から300年。現在、社員9名で鍼の製造から販売までを手がけ、近年は海外にも進出し、販路を広げている。
「海外で鍼というと、やっぱり中国のイメージが強いので、鍼灸師の方々にもっと日本の鍼灸を発信していただけたらと思っています。我々メーカーはいい商品を提供する。その発表の場が世界に広がっていけば、付随して我々の鍼も知ってもらえるのではないでしょうか。」
日本独自の発展を遂げてきた鍼治療。その道具を作ることで伝統を受け継いできた前田豊吉商店。『よい治療はよい鍼で』をモットーに、これから先も鍼を作り続ける。

管鍼 <鍼(左)、管(右)、管に鍼を通したもの(中)> 

管鍼 <鍼(左)、管(右)、管に鍼を通したもの(中)> 

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