岩崎通信機株式会社

岩崎通信機株式会社誕生

岩崎通信機という会社をご存じだろうか。京王井の頭線久我山駅の南口、玉川上水のほとりに社屋を構える業務用通信機、オシロスコープで業界を支える大手である。その発祥は昭和13年と古く、今年(平成27年)創立77年をむかえた。岩崎通信機の主な事業は、ビジネスホンなどの情報通信事業、オシロスコープなどの電子計測事業、電子製版事業である。省エネ、エコ、セキュリティ関連の業務用製品に力を入れている。通信機器より出発した創立時の様子や、杉並区との関わりはどのようであったか、経営の危機を乗り越え杉並区最大規模に成長した長寿企業の歴史はどう刻まれていったか。経営企画部広報担当に取材した。

創業者、岩崎清一は明治28(1895)年、島根県に生まれた。小学校高等科卒業後、単身上京し働きながら夜間中学に通う苦学力行の人だった。兵役後北海道で事業家として出発した。岩崎は事業手腕に加えて機を見るに敏く、その先見性が彼の自信と決断を支えていた。鉄道や鉱山をはじめとする数々の事業を幅広く手掛けた後、昭和8(1933)年に東京に進出。そこでまず岩崎が着目したのが鉄道、警察、電力会社、鉱山等で使用する電話機の開発だった。当時、それらの現場で使用する電話は、誘導妨害や雑音が入ったり、減衰の大きい不良回線であったり通話困難なことが多かった。そこで妨害を取り除く、誘導除去強力電話機の開発を行った。そしてもう1つ、軍用秘密電話の開発にも着目した。岩崎が軍隊時代の上官を訪ねたとき、たまたま、陸軍が秘密電話を切望しているとの話を聞き、開発意欲をそそられたのだ。すぐに技術者を探し、早稲田大学電気工学科でテレビジョン研究開発を行う早川幸吉との出会いにより秘話装置付電話機が完成した。昭和13年の国家総動員法により、軍当局よりこの秘密電話の発注が本格化。また、先の誘導除去強力電話機に対する関心も高まり、官民双方で大幅に採用された。その結果、事 業 基 盤 が よ う や く 固 ま り、昭 和13(1938)年に個人企業から株式会社に改組し、渋谷区代々木上原に資本金30万円、従業員約50名で岩崎通信機株式会社が誕生した。この時岩崎は43歳だった。

外観

外観

初代社長 岩崎清一

初代社長 岩崎清一

創業時代々木上原時代の全従業員<br>(昭和14年頃)

創業時代々木上原時代の全従業員
(昭和14年頃)

戦時体制下、杉並区移転と岩崎学園

昭和16年、太平洋戦争が始まり、陸軍より電波探知機(レーダー)の研究を他社と共に((株)日立製作所、日本電気(株)、岩崎通信機(株))命じられる。昭和14年に新設された世田谷区の烏山工場の生産が設備能力がいっぱいで、新しい電波兵器の開発が加わるとなるとどうしても本格的な大工場建設が必要だった。新しい本社 ・ 工場用地として、静岡県や栃木県も検討されたが、岩崎は久我山の広い畑地に目をつけ、建設予定地とした。当時の久我山は人家もまばらで玉川上水南側には民家が一軒もなかった。工場建設予定地の大部分は夏物野菜栽培の1級地であり、農林省からは防空緑地帯として指定されるほどで、電気水道の便が良く、さらに烏山工場に隣接という岩崎通信機にとって最良の立地条件だった。軍部の後押しもあって、半ば強引に土地を譲って頂き、本拠地とすることができた。この経緯があり、地域への感謝の念と恩義は現在の岩崎通信機の社員にも深く根付いている。ちょうどこのころ岩崎は、企業の発展に尽力する傍ら技術者育成の必要性を感じ、工員たちに敷地に用意した寮に住まわせ、仕事が終われば社員向けに開設した学校に通わせた。さらに1944(昭和19)年、広く一般の若者を対象にした財団法人岩崎学園久我山中学校を開校。この学園が、のちの國學院久我山である。

久我山本社工場全景(昭和18年)

久我山本社工場全景(昭和18年)

終戦後 軍需産業から平和産業へ

戦時中には軍需工場に指定され、めざましい成長をとげたが、第2次世界大戦敗戦とともに需要がなくなり、さらに元軍需工場ということから、軍部の職業軍人達を雇用しなくてはならず経営が圧迫。経営状態を立て直すため、電話以外にも電気に関することなら何でも引き受けるようになる。国鉄の鉄道用モーターの修理、ラジオ製造や織機製造なども手がけたが、経営難は更に深刻化した。そこで岩崎を含めほとんどの役員が退任し、再建目指して新体制となった。新社長には王子製紙(株)の社長を経て、戦後東京商工会議所会頭などの要職についた足立正、副社長には中島飛行機 (株 )の取締役で戦時中技術者としても活躍した吉田孝雄が就任した。戦後の日本経済は非常に厳しかった。インフレを収束するための行財政制度改革により産業界は急激に沈滞、日本経済は恐慌状態に陥っていた。経営の見直しとして人員整理のみならず、資産の整理も行った。工場の一部と、戦時中に工場診療所として経営してきた久我山病院を売却。また、岩崎清一創立の岩崎学園の土地、建物は国学院大学に売却した。そのような状況下でも、岩崎社長時代に示された「軍需産業から平和産業へ」の転換方針に基づいて、電話機の試作研究及びその量産体制の確立については引き続き取り組み続けていた。岩崎は、戦争による徹底的な荒廃が電話機のような通信機材の無限の需要を生み出すであろうという見通しを立てていた。そのため社員は安心感と希望を持って従事していた。昭和 25年、日本の復興計画の中で電気通信省が、空線のあるかぎり無制限で電話を架設という整備を実施し、必要とされる 5万台という前例のない発注を行った。この時、かねてより続けていた電話の研究開発が実を結び、全発注量の 53%という大量の電話機を完納する。引き続き、改良を重ねた新型の電話機発注も受け、厳しい経営状態のなかでも電話機の量産設備への投資を推進していった。この年に通信機業界で初めて、ベルトコンベアシステムを導入した。その後も作業環境改善のための工場改修、電電公社による『電気通信技術標準実施法』を受けての品質管理の徹底など、電話機メーカーとしての地位を確立していった。昭和 27年からは業績も上昇し翌 28年には株式を公開した。30年代初めは景気上昇気運のもとで通信業界も電電公社に支えられて好調で、岩崎通信機は増収増益、一層の近代化に取り組み、32年に東京証券取引所第 1部に上場した。そして昭和 34年、上場前より続けていた日本初のボタン電話装置(ビジネスホン)を実用化、電電公社へ納入した。それは、電話交換手を不要とする画期的な製品だった。

ベルトコンベアでの電話機生産<br>NHKで紹介される工場(昭和30年)

ベルトコンベアでの電話機生産
NHKで紹介される工場(昭和30年)

株式上場から現在にかけて

しかし、このような電話機一辺倒の体質に、経営陣は危機感は抱いていた。当時、立川にあったアメリカ極東軍がレーダーの修理にオシロスコープという電気測定器を用いている、という情報を得て、研究開発を重ね、昭和 29年に日本初となるオシロスコープの開発 ・ 製品化に成功した。その第 1号機を、保安庁技術研究所に納入した。それ以降、オシロスコープは現在でも岩崎通信機の主要事業の 1つとなっている。さらに、昭和 32年から新しく電子製版機の開発を進め、昭和36年に事業化にこぎつけた。以後、電話機、オシロスコープ、電子製版機は 3本柱として岩崎通信機の事業を支えることとなる。その後、現在に至るまで、JAXAのロケットに入れる燃料充填システムの提供、シルバー世代用緊急通報装置など、ユニークな製品 ・ 事業を手掛けてきた。現在では、ビジネスホンのコードレス化、IP化やクラウド型コールセンターシステムというように従来のビジネス領域を拡大させる一方、ラベル印刷機や無線認証システムなど新規分野にも進出。パワーエレクトロニクス関連では、インバーター機器、太陽光発電、電気自動車を製造するための測定機なども開発した。

岩崎通信機(株)本社前にて<br>近藤恒男社長

岩崎通信機(株)本社前にて
近藤恒男社長

杉並区の地域とともに

事 業 以 外 に、 CSR (Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)活動にも社員一丸で取り組んでいる。初夏に実施している「久我山ホタル祭り」で、イベント開催場所として、2014年まで岩通ガーデンを開放していた(2015年1月閉園)。杉並区との関わりは多様で、杉並チャリティウォークへ実行委員会メンバーとして参加したり、交通安全運動に参加したり、中高生の職業体験を受け入れしたりなど、積極的に福祉 ・地域 ・ 社会貢献活動に力を入れている。2010年1月、こうした地域の子育て支援への貢献と、男女社員の育児休業の取得促進などが評価され、杉並区子育て優良事業者最優良賞を受賞した。初代岩崎清一の、地域や従業員に対する温かい想いがこれらの活動を支えていく源泉となっている。

<岩崎通信機株式会社>
設立:昭和13年(1938年)8月14日
事業内容:情報通信事業、電子計測事業、印刷システム事業
代表者:代表取締役社長 近藤恒男
資本金:約60億円(2014年3月31日現在)
売上高:約252億円(連結、2013年度)
従業員数:1,542人(連結、2014年3月31日現在)

DATA

  • 住所:杉並区久我山1-7-41
  • 公式ホームページ:http://www.iwatsu.co.jp/
  • 取材:小泉ステファニー、里村芙有子
  • 掲載日:2011年06月30日
  • 情報更新日:2015年02月13日

関連記事

クリックで拡大します

掲載日:2015年04月21日

2015年4月21日号

杉並に根を張る大企業

くわしく>>