世界的なファッションデザイナーであった森英恵(もり はなえ 1926-2022)が晩年に、自身の生い立ちや、仕事に対する考え、こだわりなどを回顧した自伝。ニューヨークでの海外コレクション発表やパリ・オートクチュール組合への加入など、華やかな経歴の裏にあった苦労や葛藤などがつづられている。
森の作品は、鮮やかな色彩や蝶のモチーフが特徴的だが、本書を一読すれば、島根県の大自然の中で過ごした幼少期の体験が影響を与えていることがわかる。里山を駆け回り、新緑の瑞々しさや自然の息吹に触れて育った生活を振り返り、「瑞々しさは、日本人の私の美意識の根底にあると思う」と述べている。
新宿の小さな洋裁店から服作りを始めた一人の女性が、日本の美意識や丁寧なものづくりを世界に知ってもらいたいという思いを原動力に、世界を舞台に道を切り開く姿は、読者の心を熱くさせる。
森は、1937(昭和12)年、小学4年生の頃に家族とともに杉並区西荻窪(現西荻北・西荻南地域)に引っ越し、現在の杉並区立桃井第三小学校に転校する。本書には、転校当初は都会的な雰囲気の同級生に気後れしたことや、習い事の帰り道に母と二人で見た夜空のことなど、当時の杉並での暮らしの様子も記されている。
その後、高等女学校を経て入学した東京女子大学での生活は、太平洋戦争の中で時勢に翻弄されたものだったが、森は同大学の教育理念や自由で温かい学風が、自身を大人の人格へと導いてくれたと振り返っている。
また、本書の出版を決めた理由については、若いクリエーターたちへ向けて、長年にわたる自身の仕事の歩みを紡いでみようと思ったと記している。その言葉どおり、本書には、森の仕事への情熱やこだわりを感じさせるエピソードがふんだんに盛り込まれている。何かに打ち込もうとしている人や、自らの選んだ人生を切り拓こうとしている人におすすめしたい一冊だ。