この作品の語り手である「わたし」は、1945(昭和20)年暮れから1951(昭和26)年初夏まで、杉並区阿佐ヶ谷六丁目(現阿佐谷北六丁目)で借家住まいをしていた。これは、彼が久我山に転居して以来訪れることのなかった阿佐谷界隈を20数年後に再訪することで記憶の奥底から立ち現れた、阿佐谷での過ぎし日々の物語だ。生活苦が続き、質屋通いが日常で入浴もままならなかった戦後の暮らしと、自宅に集い同じ時代を生きた人々への愛情と哀惜が時にユーモアを交えながら描かれ、苦しみと希望が同居していた時代を、生活者と知識人双方の視点から読者に伝えてくれる。
小説と副題がついているが、「わたし」は、著者である著名な文芸評論家佐々木基一(ささき きいち 1914-1993)だ。作中には、作家や評論家が実名で登場し、さながら戦後文壇交流史の趣があり、興味をそそる。彼は杉並区に縁が深く(※1)、1951年に久我山に居を構え、終生そこで暮らした。
本書の舞台になっているのが、早稲田通りの一部が大場(だいば)通りと呼ばれていた時代の阿佐ヶ谷六丁目界隈だ。前半にちりばめられた衣食住にまつわるエピソードから、杉並の戦後の様子を垣間見ることができて興味深い。銭湯は出かけるとかえってストレスがたまりそうな有様で、アメリカ軍の放出物資として、ほとんどの人が食べ方を知らない生チーズが米の代わりに配給された、など印象に残る描写が多い。
「わたし」が長い空白期間を経て、かつての生活圏を訪れ、阿佐ケ谷駅から過去をたどる場面は、阿佐谷街歩き過去編といった感じで、現在と対比しながら彼の散策に付き合うのもいいだろう。
※本書は絶版となっているが、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができるほか、杉並区立中央図書館に蔵書がある(貸出不可)
※1 杉並区に縁が深く:1967(昭和42)年に、有志とともに杉並シネクラブ(-1972)を結成し、毎月1回区立久我山会館で映画を上映し、シンポジウムや講演会も行った
杉並区デジタルアーカイブ