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「すぎなみ学倶楽部」20年のあゆみ【前編】

「すぎなみ学倶楽部」の誕生から初期にかけて制作されたチラシ

「すぎなみ学倶楽部」の誕生から初期にかけて制作されたチラシ

「すぎなみ学倶楽部」の歴史に迫る

2026(令和8)年4月、杉並区の公式情報サイト「すぎなみ学倶楽部」(以下、学倶楽部)が開設20周年を迎えた。サイトが本格始動した2006(平成18)年当時は、地上デジタル放送や交通系ICカードが誕生し、日本発のSNSサービスmixi(ミクシィ)が人気を集めるなど、デジタル化が急速に進んだ時代である。そんな時流の中で、学倶楽部はどのように生まれ、その後20年もの間続いてきたのか。当時立ち上げに携わった、東京都職員・相田佳子さんと区職員・寺井茂樹さんへの取材をもとに、そのあゆみについてまとめた。

「すぎなみ学会設立準備検討会」の設立検討

2004(平成16)年2月の「平成16年度予算編成方針とその概要」にて、当時の山田宏区長(※1)から、「誰もが心の中に描いている自分だけの”杉並の原風景”を発見したい」という発案があった。これを受け、発見や研究で得たものを伝える情報発信構想の検討が始まった。
平成16年度に入り、5月に「すぎなみ学会設立準備検討会」が発足し、杉並に造詣の深い学識経験者など各界からの参加を得て、歴史・文化・人・まちなどを研究する「杉並学」と、集積した資源や魅力を「杉並ブランド」として発信することなどをテーマに議論が重ねられた。目指したのは、区民一人一人が地域への愛着を持ち、誇りを持って住み続けたいと思うような情報の発信である。
同年5月に「すぎなみ学会設立準備検討会」が発足し、16回に及ぶ会議を経て情報発信の媒体をWEBと決め、準備サイトの設置案を策定。平成17年度の予算に「すぎなみの輝き度」(※2)向上の一環として組み込まれることになった。

「すぎなみ学倶楽部」の所管・組織の変遷

「すぎなみ学倶楽部」の所管・組織の変遷

「すぎなみ学倶楽部」誕生

準備サイト案が決定した当初は「杉並の百科事典」を作ろうと学識経験者を含めて検討を進めていた。しかし、会議を重ねるうちに「学術的な内容は、区民に親しんでもらえるサイトとしては現実的ではない」という意見もあり、議論の結果、区民主体の区民参加型の仕組みで検討する方針へと転換した。
2005(平成17)年8月、サイトの名称を「すぎなみ学倶楽部」とし、準備サイトの稼働を開始。同年9月に「すぎなみ学倶楽部運営委員会」が設置された。準備サイトは、人・歴史・自然・まつり・駅・雑学の6ジャンルの記事とすぎなみ写真館から成り、コラムニストの泉麻人さん、エッセイストの三善里沙子さんなど著名人からの寄稿を掲載。区民からは情報提供、要望、写真などを募集した。
準備サイトを経て「すぎなみ学倶楽部」が誕生したのは、2006(平成18)年4月である。

「すぎなみ学倶楽部」スタート時のチラシ。記事は6ジャンルに分かれていた(資料提供:NPO法人TFF)

「すぎなみ学倶楽部」スタート時のチラシ。記事は6ジャンルに分かれていた(資料提供:NPO法人TFF)

相田さんが語る学俱楽部のはじまり

私は東京都人事交流制度により派遣され、政策企画課長として2年間杉並区にお世話になりました。当時34歳。こんな若造が重責のポストに就いていいのだろうかと、最初はとても緊張していました。
そんな中与えられた使命は「杉並の原風景を発見する」を形にすること。区の魅力を発信するにあたり、行政に加えて、区民自らが地域の運営に参画するという、当時としては斬新でとても良いコンセプトでしたが、かなり「ぼんやり」していて、具体化するのにずいぶん悩みました。
「すぎなみ学会設立準備検討会」では、会議を何度も重ねていく中で「インターネットで一方的に情報を発信するだけでなく、区民が主体となって発信できるサイトを立ち上げよう」と決まりました。会議は夜に開かれていたのですが、委員の皆さんが仕事の後とは思えないほどすごく元気だったんですよ。前向きでアイデアがポンポン出てきて「それ、いいね!」って盛り上がったのを覚えています。

「阿佐谷パールセンター商店街は面白いお店が多いんですよね」と懐かしむ相田さん

「阿佐谷パールセンター商店街は面白いお店が多いんですよね」と懐かしむ相田さん

相田さん「20年も継続してるとは驚きです」

当時はアメリカの「I Love New York」という地域愛を育む風潮があり、東京でも「せたがや検定(世田谷検定)」が話題となりました。私たちも、どうやったらサイト閲覧者や区民に「面白い」「参加したい」と思ってもらえるか丁寧に議論していました。それが実を結び、形に残っていることはとてもうれしいです。行政の事業というのは、首長が変わると廃止される事も多いんです。だから、学倶楽部が20年も続いていると聞いてびっくりしました。杉並区政は区民との関わりをすごく大切にしていると感じます。区民主体にしたから続けてこられたんだなと思いますね。
杉並区公式アニメキャラクターのなみすけが誕生したのもこの頃で、他の人たちが投票で1位になったなみすけの「ゆるい」印象に首をかしげていた時、比較的若手の私は「なみすけ、かわいいですよ!」と強く推しました。今や大人気で、多くの人々に愛されていることもうれしいです。

「すぎなみ学倶楽部」と同年に誕生したなみすけのイラスト入りチラシ(資料提供:NPO法人TFF)

「すぎなみ学倶楽部」と同年に誕生したなみすけのイラスト入りチラシ(資料提供:NPO法人TFF)

寺井さん「区民の持っている情報は宝物」

当時の私は企画課の主任主事でした。このプロジェクトの立ち上げ当初は「原風景ってなんだろう」とみんなで頭を抱えましたが、課題があっても、みんなで意見を出して乗り越えるメンバーに恵まれたことは幸いでした。運営委員の皆さんの活力や発想に刺激を受けたことを覚えています。準備サイトにどんどん面白いコンテンツが増えていくので「たくさんの人に見てほしい」と思いました。
「すぎなみ学倶楽部」の本格稼働に合わせて、所管がすぎなみ地域大学担当に移管し、「区民ライター講座」を開催して、区民が未経験から活動できる仕組みができました。区民が参加できることにしたのは正解だったと思います。
地域の人が持っている情報は、実はすごいんです。町の中の逸話だったり、著名人のエピソードだったり、誰も知らないものが隠れていますからね。プロの記者ではなく、地域の区民ライターという存在がとても大事だと思います。

「区民が誰でも参加できる仕組み作りを大切にしました」と話す寺井さん

「区民が誰でも参加できる仕組み作りを大切にしました」と話す寺井さん

杉並の良さが詰め込まれているサイト

なぜ、学倶楽部が20年間続けてこられたのか。取材では、「区民の関わりが何より大きかったから」という理由が第一に述べられた。2026(令和8)年7月現在、記事を企画・取材・執筆する区民ライターは約40名在籍。「ラーメンから歴史まで」幅広いジャンルで区内の魅力を発信し続けており、サイトで公開されている記事数は1,600本を超える。
区民ライターが執筆した記事は、中間支援NPO法人の専門スタッフが添削し、さらに、行政が最終的なチェックを行っている。また、記事の公開後も定期的に後追い情報を確認し、情報の精度や信頼度を保っていることも特徴の一つだ。区民ライターの興味関心をもとに丁寧に作り上げられた記事には、国内外の大学や研究機関からの問い合わせもあり、公式情報サイトとして多くの人々に利用されている。

2026年7月現在の「すぎなみ学倶楽部」。記事は9ジャンルに

2026年7月現在の「すぎなみ学倶楽部」。記事は9ジャンルに

※1 山田宏区長:第4代杉並区長。1999(平成11)年東京都杉並区長選挙当選、2010(平成22)年まで3期11年にわたり区長を務めた
※2 「すぎなみの輝き度」:2004(平成16)年12月に「すぎなみの輝き度向上検討委員会」を設置。「歩きながら、元気と文化が生まれる街」を基本コンセプトに、区民の地域に対する「誇り」「愛着」「貢献意識」を醸成することを目指した

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