高円寺で酒と写真の店「バー鳥渡(ちょっと)」を営む写真家・広瀬勉さんが2025(令和7)年に出版した写真集。1994(平成6)年から2000(平成12)年にかけて、杉並区天沼のマンションで広瀬さんを含めた4人が共同生活を送っていた頃の写真を中心に収録している。
広瀬さん以外のメンバーは、『不思議の国のアリス』などの絵本や児童文学の翻訳、評論、随筆、小説などで広く活躍した作家・矢川澄子さん、ダンサーでもあった編集者・室野井洋子さん、元バンド「たま」のメンバーのミュージシャン・知久寿焼さん。年齢も職業もまったく異なる4人の暮らしや、共同生活の解散後に矢川さん、室野井さんが亡くなった時に皆が集まった様子などの写真が、短いキャプションとともに並ぶ。
表紙カバーは居間にいる3人の写真のみで、文字は一切無い。声高な言葉よりも、写真そのものが放つ静かな存在感に圧倒される。
4人の「ニセ家族」で共同生活を始めたのは1994(平成6)年です。当時、知久君と私は高円寺かいわいでの飲み仲間。矢川さんと室野井さんは仕事のつながりがありました。1989(平成元)年、イカ天(※)で「たま」を見た矢川さんが、室野井さんに頼んで人づてに知久君と連絡を取って会ったのがきっかけで、知久君は長野の矢川さん宅に遊びに行くようになっていました。
ある時、知久君と室野井さんが部屋の更新時期が同じだと知り、東京での拠点を探していた矢川さんを交えて部屋を探すことに。その打ち合わせにたまたま同席した私も「混ぜてくれ」と言って、4人の共同生活が決定しました。知久君と僕は当時29歳。矢川さんと室野井さんは「二人合わせて100歳」と笑っていました。
それぞれ勝手に食材を買ってきて何か作ったり、一緒に酒を飲んだり、という生活が6年近く続きました。今振り返って、4人の距離感はちょうど良かったな、と思いますね。
共同生活以前から、4人は杉並と縁があった。広瀬さんが知久さんに出会ったのは1980年代半ば、荻窪の商店街の祭りに出演した「たま」を見た時だった。知久さんと矢川さんが初めて会ったのは高円寺の居酒屋。広瀬さんが共同生活への参加を表明した打ち合わせの席も高円寺だった。
本書では、荻窪の「岡田花店」やそば店「髙はし」(閉店)の店名などが登場する。室野井さんが阿佐谷の「ねじめ民芸店」(閉店)でかざぐるまを選ぶ写真も印象的だ。
2017(平成29)年に高円寺の「コクテイル書房」で広瀬さんが写真の一部を展示した際、雑誌「ユリイカ」の矢川澄子特集号の編集者から、出版社「港の人」を紹介されたことが出版のきっかけとなった。広瀬さんは膨大なネガを相手に少しずつ準備を進め、約8年後に本が刊行された時には「知久君と俺が生きているうちに出せてよかった、間に合ったな」と思ったという。
かつて杉並の一角に確かに息づいていた『天沼』に出合える一冊だ。
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※イカ天:1989(平成元)年~1990(平成2)年にTBS系列で放送されたアマチュアバンド発掘番組「平成名物TV 三宅裕司のいかすバンド天国」の略称