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味香興郎さん

「まちサロンおきやんち」のエントランスにあるもったいないコーナーは出入り自由

「まちサロンおきやんち」のエントランスにあるもったいないコーナーは出入り自由

第三の人生は、阿佐谷北の地域のために

所有する倉庫を多世代交流の場・憩いの場として提供している、「まちサロンおきやんち」運営協議会代表・味香興郎(あじか おきお)さん。会社員時代は全国展開する企業に長く勤め、関連会社の社長も務めるなど第一線で活躍。65歳でリタイヤした後は、第二の人生として経営コンサルタント業を始めた。90歳からは「まちサロンおきやんち」を開設し、第三の人生をスタート。文字どおりの生涯現役を体現している。
今なお精力的に活躍する味香さんに、地域活動を始めたきっかけやこれからのことについて話を伺った。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>アートスポット・古書店>まちサロンおきやんち

味香興郎さん

味香興郎さん

「おきやん」と呼ばれた子供時代

味香さんは、1932(昭和7)年、三重県三重郡羽津村(現三重県四日市市)に7人兄弟の長男として生まれた。山と海に囲まれた、田んぼのある小さな村だったという。
小学生の頃に太平洋戦争が勃発。進学した旧制中学校で、校長から「陸軍幼年学校(※1)に進め」と一対一の指導を受けた。「軍国主義的な校長でね。話された内容は全く忘れてるけど、指導は終戦後の10月まで続きました」
車外に人がはみ出すほど混雑する電車に乗るのはばからしいと、中学校と高等学校の6年間、片道4kmの道のりを徒歩で通学した。高等学校卒業後は親の意向で進学がかなわず、大手企業の四日市工場に勤務。翌年から片道2時間半かけて、愛知県名古屋市にある名城大学の夜学に通った。

小学生の頃。前列右で舌を出しているのが味香少年(写真提供:味香興郎さん)

小学生の頃。前列右で舌を出しているのが味香少年(写真提供:味香興郎さん)

働きながら資格取得に挑戦

「雇われ社長として赴任した会社の朝礼で、みんなに国家資格を取れって言ったの。だけど自分が運転免許しかないことに気付いて、その場で中小企業診断士の資格を取ると宣言。マージャン、ゴルフ、お酒など、全部断って集中して勉強しましたよ」
味香さんが2015(平成27)年に出版した著書『中小企業は社長で決まる』には、自分の性格として「負けず嫌い」とある。初志貫徹する意志の強さは子供の頃から培われたに違いない。

企業再生の事例が数多く書かれた著作『中小企業は社長で決まる』(金融ブックス)

企業再生の事例が数多く書かれた著作『中小企業は社長で決まる』(金融ブックス)

地域に根差した活動のきっかけ

阿佐谷には1983(昭和58)年から住んでいるが、現役時代は単身赴任が多く土日しか阿佐谷にいない生活だった。
退職後の1997(平成9)年に「マネージメント サポート あじか」を設立。区内外の企業再生に尽力し、経営コンサルタント、杉並区商工相談員として地域とも関わり始めた。また「NPO法人CBすぎなみプラス」の代表になったことから、企業だけでなく、高齢者・障害者支援団体、子育て支援団体、文化団体、まちづくり支援団体などの相談にも乗った。
「“すぎなみNPO支援センター(※2)”を受託運営していた頃に、“こまじいのうち”(文京区)や、“岡さんのいえ”(世田谷区)など、地域交流の場の見学や、空き家活用の会合などに出たので、地域サロンがどういうことをやっているのか分かってたんですよ」
次第に自分の居住地、阿佐谷にも地域サロンがぜひ必要だと考えるようになった。

運営していた「すぎなみNPO支援センター」の活動レポート

運営していた「すぎなみNPO支援センター」の活動レポート

「みんなが知り合いのまち」を阿佐谷につくる

阿佐谷のまちは文化的で便利な反面、他の地域と同じく相続の関係で土地が細分化され、新しい家が増え、新旧の住人間の交流が生まれにくい状況にあるという。「この辺りもいっぱい家が建ってるけど、お付き合いも少ないしね。人が亡くなっても、忌中の張り紙は泥棒が入るから出さないっていう時代。町会に入る人も減っていますし、隣に誰が住んでいるかも分からない。昭和 50年代からそんな感じでした」
町会にも関わる中で、この状況を味香さんは問題だと感じていた。阿佐谷北3丁目には町会が三つ(阿佐谷北三丁目町会、温交会、阿佐三会)あるが、地域に区の集会所がなく、集まる場所に困っていた。ならば、町会に限らずみんなが集まれる場所を阿佐谷北に作ろうと決意。2022(令和4)年6月、「まちサロンおきやんち」をクラウドファンディングも活用して立ち上げた。

住宅が多い阿佐谷北の様子

住宅が多い阿佐谷北の様子

これからの味香さんと「まちサロンおきやんち」

「まちサロンおきやんち」では、「きずなサロン」「笑顔で歌おう会」「ボードゲーム」などの定期イベントのほか、施設内の設備(スペース、ボックス、ウォール)のレンタルも行い、いろいろな人が気軽に利用できるようにしている。今後は、外国人や子供向けのイベントを増やして多世代交流にさらに力を入れ、映画会やボードゲームなどで夜間の利用も促進していくそうだ。
バイタリティーあふれる活動の源はどこにあるのか尋ねると、「自分では分からないな」と味香さんは答え、代わりに座右の銘だというアメリカの実業家で詩人のサミュエル・ウルマン著「青春」(岡田義夫 訳)を見せてくれた。その中の一節にこうある。「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」。常に理想があり、追い求める気持ちがある限り、味香さんは走り続けるのだろう。

レンタルスペースの企画を募集している(資料提供:「まちサロンおきやんち」)

レンタルスペースの企画を募集している(資料提供:「まちサロンおきやんち」)

取材を終えて

味香さんは書ききれないほどの経歴の持ち主。中小企業診断士としての具体的な相談事例は著書に詳しい。「まちサロンおきやんち」を訪れていた方々に味香さんはどういう人か尋ねると、「一言で言うとスーパーマンだよね」「“いいよ”、と言ってくれる懐が深いお人柄にみんなが集まってくるんじゃないかな?」という答えが返ってきた。

味香興郎 プロフィール

1932年 三重県生まれ
1951年 日本板硝子株式会社入社
1980年 定年退職
 在職中~1997年3月まで嘱託として日本板硝子(株)関係会社7社の代表取締役を歴任
1985年 中小企業診断士資格取得
1998年 杉並区商工相談員として、以降12年間活動
2007年 杉並中小企業診断士会理事長
2009年 東京都中小企業診断士協会城西支部会長
2011年 NPO法人CBすぎなみプラス代表理事(2023年まで)
2022年 「まちサロンおきやんち」オープン

※1 陸軍幼年学校:陸軍士官学校の予科に進むための準備教育機関
※2 すぎなみNPO支援センター:現在の「すぎなみ協働プラザ」の前身。当時は「NPO法人CBすぎなみプラス」が運営していた

DATA

  • 出典・参考文献:

    『中小企業は社長で決まる』味香興郎(金融ブックス)
    「活動報告書(第1期~第3期)」まちサロンおきやんち
    まちサロンおきやんち https://www.okiyanchi.net/
    NPO法人CBすぎなみプラス https://www.cb-sugiplu.com/

  • 取材:ヤマザキサエ
  • 撮影:ヤマザキサエ
    取材日:2026年02月12日
  • 掲載日:2026年03月26日