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落花抄

著:与謝野晶子(櫻井書店)

歌人・与謝野晶子の短歌や随筆から、花について書かれた箇所を花ごとに編集した歌文集(※1)。「紅梅」から「うめもどき」まで、計95種の花を巡り、晶子の詩情の世界が広がっている。
花が好きだった晶子はとりわけ桜を好んだ。「櫻」の項は「盛りなる枝よりさくら零るるは悲しきばかり美しきかな」に始まり、16首の短歌が掲載されている。
旅先で出合った花を詠んだ短歌が多いが、随筆からの抜粋には、夫・与謝野鉄幹と11人の子供たちと移り住んだ荻窪の家の庭の花についても書かれている(※2)。取り上げられたのは紅梅、ツバキ、アカシア、クチナシ、竹など。近所のあぜ道沿いのモクセイを書いた文章もある。
晶子は花の古歌・古事はもちろん、本草学にも通じていた。短歌や随筆は花に関する知識も裏打ちされており、花と文学が好きな人には、より魅力あふれる本だ。

おすすめポイント

冬枯れの庭にいち早く咲いた紅梅に、十一になった末娘・藤子の姿を重ねる。晶子は、文学好きの末娘に目をかけていたが、「早く親に別れる運命を持つていて物質的には苦しむであろうが」と、その将来を案じてもいる(「紅梅」)。
筆が進まず、手元にあった薄黄色の包装紙を細かく折ってはさみで切る晶子。根本を持つとクチナシの花に見える。庭に出てクチナシの小枝を折り、紙の花を結びつけて古伊万里の白いつぼに挿す。「私は是れで俄に気が引立つて楽しい心持になつた」(「梔子(くちなし)の花」)。
文筆活動、教育実践、女性の権利獲得活動を通して、近代女性の生きる道を切り開いた晶子。女丈夫な印象を受けるが、実際は物静かではにかみ屋だったという。そんな晶子の素顔も垣間見える。

『落花抄』扉

『落花抄』扉

本文「梔子の花」

本文「梔子の花」

※1 『落花抄』は、晶子が亡くなった1942(昭和17)年に遺詠集『白桜集』と共に出版され、以降、1943(昭和18)年、1947(昭和22)年と装丁を変えて出版された。この記事で紹介した第三版は、晶子と親交のあった津田青楓が装丁を担当した

※2 1927(昭和2)年、豊多摩郡井荻村(現杉並区南荻窪)に土地を借りて家を持った。家の周囲は麦畑だったという。晶子は大所帯の生計を支えるため執筆活動に奔走し、週何回かは荻窪駅から東京市中に出かけたが、普段は荻窪の家で過ごしていた。現在、住居跡地は杉並区立与謝野公園として公開されている

※本書は絶版となっているが、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができる

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 ゆかりの人々>知られざる偉人>津田青楓さん

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与謝野夫妻が過ごした住居跡地にある区立与謝野公園

与謝野夫妻が過ごした住居跡地にある区立与謝野公園

「与謝野晶子」という品種の桜も植えられている

「与謝野晶子」という品種の桜も植えられている

DATA

  • 取材:井上直
  • 撮影:井上直、TFF
  • 掲載日:2025年09月29日