旧滋賀家住宅主屋

主屋の外観。登録有形文化財(建造物)に登録されている

主屋の外観。登録有形文化財(建造物)に登録されている

建築家の理想を反映した「住む」ための家

井荻駅から歩いて8分ほどの高台に、東京高等工業学校(現東京工業大学)の初代建築科長を務めた滋賀重列(しが しげつら)氏が、定年退職後の生活のため、自ら設計し移り住んだ自宅がある。滋賀氏の建築作品として現存が確認できる唯一の建物とされ、貴重だ。
滋賀氏は関東大震災で多くの建物が倒壊したのを目の当たりにしたことから、自宅を建てるにあたっては地震に強い場所を探し、この下井草の地を選んだそうだ。

木造平屋にベランダが付いたバンガロー様式で建てられており、屋根は切妻型

木造平屋にベランダが付いたバンガロー様式で建てられており、屋根は切妻型

1931(昭和6)年、落成時の写真。中央が滋賀重列氏(写真提供:東京工業大学)

1931(昭和6)年、落成時の写真。中央が滋賀重列氏(写真提供:東京工業大学)

1931(昭和6)年の竣工時は大きな一つの木造平屋だったが、1998(平成10)年に、現居住者が玄関・客室・書斎部分を移築改修し、つながって見えるようデザインを統一した別棟を敷地内に新築した。移築の際には、建物を壊さずそのままの状態で移動する曳家(ひきや)という日本の伝統技術が用いられた。屋根や玄関、ポーチを兼ねたベランダなど特徴的な外観部分は竣工当時のまま残されており、2008(平成20)年に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
内部は非公開だが、玄関土間にはアール・デコ調の装飾が施され、室内には木工科の教授でもあった滋賀氏がデザインした和洋折衷の家具類が保存されている。かつては和室に椅子が置かれていたそうで、和風か洋風かどちらか一方に決めるのではなく、双方の形式の良いところを取り入れ暮らしやすくしていたことがうかがえる。

丸窓は、内側の和室から見ると枠内に組まれたデザインが異なる

丸窓は、内側の和室から見ると枠内に組まれたデザインが異なる

ポーチの柱や玄関扉のガラスにも、モダンな意匠が見られる

ポーチの柱や玄関扉のガラスにも、モダンな意匠が見られる

「女性のための家」「外は見せよ、内は隠せ」 

滋賀氏はアメリカで建築学を学び、1903(明治36)年に画期的な住宅改良論を発表した。
「家の中心は女性である」と主婦の家事労働軽減の重要性を主張し、この自宅でその思想を実践している。玄関の上がり框(かまち)や床を低くし、段差をなくすなど、バリアフリーを取り入れ、最も居心地の良い場所は自身の書斎などではなく高齢の母親や女中の部屋としていた。そのかいもあって、滋賀氏の母親から妻、娘、孫まで、女性たちが代々この家で快適に住み続けてきたという。
また、滋賀氏は「外は見せよ、内は隠せ」と考えていた。建物には公共性があるとして、高い塀などで外から見えなくするのではなく、通行人の目を楽しませるような庭を造り、人々が気軽に交流できるようなベランダを設けた。一方、家の内では家族間であっても独立性は確保されるべきで、障子やふすまで仕切るだけではなく、他の部屋を通らずとも行き来ができるようにしていたそうだ。

滋賀重列氏(1866-1936)。日本で初めて本格的に「住宅」を論じた (写真提供:東京工業大学)

滋賀重列氏(1866-1936)。日本で初めて本格的に「住宅」を論じた (写真提供:東京工業大学)

建物の美しい外観とともに、季節の花々も目を楽しませてくれる

建物の美しい外観とともに、季節の花々も目を楽しませてくれる

家の個性は住む人が作る

移築改修にあたっては、滋賀氏の孫で現当主である中島公子(なかじま こうこ)氏が、内田青蔵氏(神奈川大学建築学部学部特任教授)の監修のもと、伝統技法研究会に設計を依頼。工事は長らくこの家を世話してきた杉並区天沼の工務店、株式会社松栄建設が担当した。
その2年間、この家から語りかけられていたような気がするという。「私たちが家を大切にすれば、家も私たちを守ってくれる。物と心の行き交いが生まれるように思えます」と中島氏は語る。
明治の気鋭の建築家が「住宅」に託した理想は現在も生き続けており、今後も大切に受け継がれていく。

オレンジ色が印象的なフランス瓦の屋根。以前は遠くからもよく見えたという

オレンジ色が印象的なフランス瓦の屋根。以前は遠くからもよく見えたという

長年この家の目印だった、松と屋根裏部屋の窓

長年この家の目印だった、松と屋根裏部屋の窓

DATA

  • 住所:杉並区下井草4-18-17
  • 最寄駅: 井荻(西武新宿線) 
  • 出典・参考文献:

    『竪琴』第三十九号~第四十四号 竪琴の会
    『お屋敷散歩』内田青蔵(河出書房新社)
    『住まいの建築史 近代日本編』内田青蔵(創元社)
    「明治以降の住様式の変化・発展に関する一考察」青木正夫
    「住宅建築という命題 明治における三つの住宅論とその観念に関する研究」高橋元貴

  • 取材:CHIE
  • 撮影:CHIE、TFF
    写真提供:東京工業大学
    取材日:2024年01月06日
  • 掲載日:2024年03月18日