杉並の地域・家庭文庫

訪ねてみよう杉並の地域・家庭文庫

まるで知人の家に招かれたようなくつろいだ雰囲気、豊富な蔵書、主宰者との気の置けない語らい…。区民が自宅などを開放して、主に地域の子どもたちに本の貸し出しや読み聞かせを行う地域・家庭文庫をご存知だろうか。
2023(令和5)年現在、区内には区立図書館が支援している地域・家庭文庫が7カ所存在し、各地域・家庭文庫がアットホームな空間を提供している。長く活動を続けている文庫もあり、3世代にわたって通う親子もいるという。
親子連れを中心に人々が集い、豊かな時間が生まれるこの場所はどのように始まり、続いてきたのか。2カ所の文庫を、主宰者へのインタビューと共に紹介する。

本に囲まれたほっとする空間

本に囲まれたほっとする空間

地域・家庭文庫とは

杉並の各地で生まれた地域・家庭文庫は「優れた本を地域の子どもたちに出合わせ、楽しませるための文化活動」としてスタート。当時は区立図書館も少なく、本を分かち合う場として多くの利用者があったという。
現在も各地域・家庭文庫が工夫を凝らしながら、本の貸し出しをはじめ、季節のお楽しみ会、人形劇、紙芝居の実施など多彩な活動を行っている。

特色と、区立図書館との連携

地域・家庭文庫の一番の特色は、区立図書館に比べ人と人との距離が近いこと。家庭的な雰囲気の中で、くつろいで本に親しみ、時には新たな友人をつくることもできる。また、子どもだけでなく親にとっても忙しい毎日の中でほっと一息つける癒やしの空間となっているようだ。季節に合わせたお薦めの選書を棚に飾ったり、絵本にちなんだ工作をしたり、特色ある場づくりもされている。
区立図書館と連携した活動として、地域・家庭文庫のチラシを置いてもらうことはもちろん、図書の貸与を受けたり、図書館で「お話し会」を実施したりと交流も盛んだ。区立図書館と地域・家庭文庫は「優れた本を子どもに」という共通の目的を持つ車の両輪のように活動している。

クリスマスシーズンの選書

クリスマスシーズンの選書

地域・家庭文庫紹介① 「子どもの本の家ちゅうりっぷ」(下井草)

下井草の閑静な住宅地に「子どもの本の家ちゅうりっぷ」がある。主宰の神保和子さんは石井桃子さんの「かつら文庫」の活動に憧れ、1989(平成元)年に香港で「プレイルームどんぐり(絵本とわらべうたの会)」を立ち上げ、1994(平成6)年からは井草で「ポプラ文庫」(※コラム8参照)を主宰。その後、「シンガポール・ポプラ文庫」の活動を経て、2016(平成28)年より下井草の自宅を開放して活動を始めた。
神保さんが大切にしているのは、「子どもにとってもお年寄りにとっても第三の居場所でありたい」という思いだ。自宅に保有する蔵書は4,000冊ほど。赤ちゃん向けから大人向けのものまで幅広いラインアップは圧巻で、利用者は心の赴くままに気になった本を手に取ることができる。

主宰者の神保和子さん。柔らかな笑顔が印象的

主宰者の神保和子さん。柔らかな笑顔が印象的

「シンガポール・ポプラ文庫」を主宰していた時の様子。多くの在留邦人が利用していた(写真提供:神保和子さん)

「シンガポール・ポプラ文庫」を主宰していた時の様子。多くの在留邦人が利用していた(写真提供:神保和子さん)

「活動の根底には、家庭状況に関わらず、全ての子どもに本と触れ合える機会を与えたいという思いがあります」と神保さん。利用者も「小さい子どもと一緒でも安心して過ごせる場所はとても貴重です。いつでも温かい笑顔で迎えてもらい、ここには幸福な記憶しかない」と話す。図書館司書を指導する職にもあった神保さんによる選書は、テーマに合わせて一般の人にはなかなか探せない本もあり、まるで本のセレクトショップ。幼少期から思春期まで、あるいは子育てが終わっても何年も通う人が多いというのもうなずける。

【DATA】
住所:杉並区下井草2-23-12
メール:tuliplibrary@gmail.com
開館日時:土曜(月2回)、水曜(月1回) 10:00-16-00
公式ホームページ:https://tulip2.webnode.jp/

読み聞かせを楽しみながら、安心してくつろぐ子どもたち

読み聞かせを楽しみながら、安心してくつろぐ子どもたち

「子どもの本の家ちゅうりっぷ」の入り口

「子どもの本の家ちゅうりっぷ」の入り口

地域・家庭文庫紹介② 「このあの文庫」(阿佐谷)

本天沼にある「このあの文庫」は「このよろこびをあのこに」との意味から名付けた。主宰は絵本や児童書の翻訳を手掛ける小宮由さんだ。実家も地域・家庭文庫を営んでいたという小宮さんが「このあの文庫」を開設したのは2004(平成16)年。子どもとの触れ合いの場として始めた文庫活動を通じて、「子どもたちにとって、学校でも習い事でもない、大人と対等に付き合える場が大事だという思いが強くなりました」と言う。

翻訳家でもある主宰者の小宮由さん

翻訳家でもある主宰者の小宮由さん

リクエストがあれば、小宮さんによる読み聞かせも

リクエストがあれば、小宮さんによる読み聞かせも

本の選定で大切にしていることは、「人のよろこびをわがよろこびとし、人の悲しみをわが悲しみとする」ことが伝わるような本と、「“しあわせ”とは何か」を伝えてくれるような本。「絵本との出合いを通じて他者を思いやる気持ちを知り、豊かな心を持ってほしい。そしてさまざまな幸せの形を知ることで、強い心を育ててほしいんです」と小宮さんは話す。そのためにまずは足元から、と地域に根差した地域・家庭文庫を20年近く続けている。訪れる人の中には「このあの文庫」との出合いをきっかけに地域・家庭文庫を始めた人もいるそうだ。

【DATA】
住所:杉並区本天沼1丁目(阿佐ケ谷駅から徒歩10~13分)
メール:konoano_bunko@yahoo.co.jp
開館日時:毎週土曜 14:00-17:00(春・夏・冬休みなどを除く) 
ホームページ:https://konoano.tumblr.com/

取材時は区外から訪れた親子も

取材時は区外から訪れた親子も

「どなたさまもどうぞ」の言葉がうれしい

「どなたさまもどうぞ」の言葉がうれしい

区立図書館が支援している地域・家庭文庫

区内には、「子どもの本の家ちゅうりっぷ」「このあの文庫」のほか、以下の地域・家庭文庫がある。

・ジルベルト文庫
・ちいさいおうち文庫
・バンビぶんこ
・ポケット文庫
・ポプラ文庫

1人でも多くの手に良書を

今回話を伺った2カ所の文庫主宰者は、いずれも地域コミュニティーとしての地域・家庭文庫の重要性と、区立図書館との連携の必要性を説いていた。杉並区も2020(令和2)年に区立中央図書館の改修が完了するなどハード面で読書推進活動の充実が進み、「すぎなみ 文庫のあゆみ 2005~2017」によると、本と触れ合う環境は昔に比べても整ってきているという。
そのような状況の中でも、地域・家庭文庫は引き続き地域に密着し、主宰者によるきめ細やかな支援が可能な点において、区立図書館とは異なった役割を担うことができる。オンラインで大量の情報が手に入るようになった現代では、本を借りるという目的以上に、気軽に集える場としての役割が貴重なものになってくるだろう。
気になる地域・家庭文庫を見つけたら、ぜひ一度、訪れてみてはいかがだろうか。新たな本と、そして人との出会いが待っているはずだ。

区立中央図書館の「こどもの本コーナー」

区立中央図書館の「こどもの本コーナー」

杉並文庫・サークル連絡会創立40周年記念冊子「すぎなみ 文庫のあゆみ 2005~2017」(杉並区立中央図書館)

杉並文庫・サークル連絡会創立40周年記念冊子「すぎなみ 文庫のあゆみ 2005~2017」(杉並区立中央図書館)

DATA

  • 出典・参考文献:

    杉並文庫・サークル連絡会創立40周年記念冊子「すぎなみ 文庫のあゆみ 2005~2017」「すぎなみ文庫のあゆみ」編集委員会(杉並区立中央図書館)
    『子どもと本』松岡享子(岩波書店)

  • 取材:ぬかざわともこ
  • 撮影:ぬかざわともこ、TFF
    写真提供:神保和子さん
    取材日:2022年12月28日、2023年03月04日
  • 掲載日:2023年06月26日