探偵と家族

著:森晶麿(早川書房)

高円寺あづま通り商店街にある銀田探偵事務所の4人家族が活躍する、ホームドラマ風連作ミステリー。
夫は5年前の未解決事件がきっかけで探偵業と距離を置き専業主夫となり、妻がペット専門探偵として家計を支えている。家業に関わりのなかったフリーターの長女に未解決事件再捜査の依頼が舞い込み、ゲームマニアの高校生の弟を助手に引き入れてにわか探偵を始めたことで、物語が動き出す。
それぞれ勝手に暮らしてきた彼らが、身近で起こる珍事件を解決しながら、家族のつながりを見つめ直していく様子が、「サブカルチャーの街、高円寺」のゆるい空気感の中で描かれる。高円寺を闊歩(かっぽ)していそうなどこかのほほんとした登場人物の魅力とともに、「歩く木」や「謎の魔獣」など一見オカルト的な設定と謎解きも楽しめる。
著者の森晶麿(もり あきまろ)さんは、第1回アガサ・クリスティー賞(※)の受賞者。

著者メッセージ

大学生の頃、千駄木にある学生寮暮らしが嫌で半年で逃げ出し、阿佐谷の風呂なしアパートに移り住んだ。その後、居を移し高円寺へ。杉並区の夜は自由だった。『探偵と家族』は高円寺に住む探偵一家の物語。当時を懐かしみつつ、時代とともに変わるもの、変わらないものを咀嚼(そしゃく)しながら書き進めた。家族とは何か。書き終えた今もわからないが、時代の「あるがまま」を受け入れる高円寺の姿にヒントはあるかもしれない。

おすすめポイント

長女が仕事を引き受けるプロローグが、読者を物語の世界と同時に舞台の高円寺へといざなってくれる。物心ついた時からそこに親しんでいる彼女を最適の案内人として、高円寺ならではの魅力が、余すところなく描かれる。「居心地がよすぎるサブカルの街」「よれた普段着のユートピア」など文中の表現からは、高円寺への著者の掛値なしの愛が伝わり、ご当地応援ミステリーとも呼びたくなる作品だ。
ストリート案内よろしく、「ヨーロピアンパパ」(中古レコード店)、「古書 十五時の犬」(古書店)、「ロックや」(カフェ)など、個性的な高円寺あづま通り商店会の実在の店が次々と紹介されるのも楽しい。探偵になった気分で散策すれば、新しい発見があるかもしれない。

※アガサ・クリスティー賞:イギリスの推理作家アガサ・クリスティーの生誕120周年を記念して、2010(平成22)年に新設された長編推理小説の公募新人賞。著者は『黒猫の遊歩あるいは美学講義』で受賞。作品はシリーズ化されている

高円寺あづま通り商店会。探偵事務所の所在地として設定されている

高円寺あづま通り商店会。探偵事務所の所在地として設定されている

DATA

  • 取材:村田理恵
  • 撮影:村田理恵
  • 掲載日:2023年05月08日