アーロン・ウィルクスさん

杉並区をアートで表現

「杉並区未確認動物学協会」
インパクトがあるこの名前は、アメリカ出身で杉並区在住のアーロン・ウィルクスさんが立ち上げたブランド名だ。IT企業で働くかたわら、プロダクトデザイナーとして活動しており、杉並区をモチーフとしたグッズも手掛けている。また、ソフビ(ソフトビニール製のフィギュア)集めの趣味が高じ、自らも制作を始め、今後は杉並区をテーマとしたソフビも作りたいと意欲を見せる。どのような背景からデザインに「杉並区」を取り入れるようになったのか伺ってみた。

アーロン・ウィルクスさん

アーロン・ウィルクスさん

子供の頃から身近だった国、日本

アーロンさんは1985(昭和60)年、ハワイ州のオアフ島で生まれた。父親が海兵隊員で転勤が多く、小学生ぐらいからはインディアナ州やテキサス州で過ごした。オアフ島には観光客や移住している日本人が多くいたため、テレビで仮面ライダーや戦隊もの、日本のアニメ番組を見ることができた。それに加え、両親が以前に山口県岩国市に住んでいたことがあり、日本の思い出話もよく聞いたという。
このような環境で日本に興味を持つことは、自然な成り行きだった。大学の外国語の授業では、たくさんある言語の中から日本語を選択。2004(平成16)年の冬休みには、父親と2人で一週間の東京観光を楽しんだ。「初めて東京を見て、新しい物と古い物がミックスされた街だと思いました。例えばデパートでは、最新の高性能のテレビが並んでいるかと思えば、その上のフロアには畳や着物が売っている、そんなコンビネーションに驚きました」
その後、2度の日本旅行や、大学3年生の時に名古屋でインターンシップを経験し、大学卒業後の進路を決める際には、日本で働くことも選択肢に入れるようになっていた。そして、2008(平成20)年11月、埼玉県鴻巣市にある英会話学校の教師になり、日本での生活をスタートした。

3歳のアーロンさん。家族とキャンプへ(写真提供:アーロンさん)

3歳のアーロンさん。家族とキャンプへ(写真提供:アーロンさん)

初めての東京観光にて(写真提供:アーロンさん)

初めての東京観光にて(写真提供:アーロンさん)

趣味がきっかけで高円寺へ

大学時代から趣味でソフビを収集していたアーロンさん。埼玉で働き始めた頃から、当時高円寺で有名だったソフビ専門店や、その専門店で出会ったアメリカ人のソフビ制作スタジオをよく訪ねていた。
英会話学校を退職後、帰国を考えていた時に、偶然にも母国の友人がソフビ制作の見習いとして高円寺で働くことになり、2011(平成23)年、自身も高円寺に住むことを決意する。「高円寺のことは引っ越して来るまではあまりわからなかったけれど、住んでみてどんどん好きになりました。都心へすぐに行ける距離なのに、緑や公園が多い。それに、私はもともと知らない人とも会話がしやすい“カウンターの店”が好きで、そのような飲食店が多いところもすごく気に入りました」。いろいろな店で多くの人と交流が深まり、奥様をはじめ、結婚式に招待するまでの仲になったアメリカ料理店「EL PATO(エル パト)」のオーナーなど、人生に大きな影響を与えた人たちにも出会えた。
やがて、アメリカから来た友人の協力を得てソフビ制作のノウハウも身に付け、自らもイベントなどで作品を発表するようになった。「その時、友人が面白い提案をしてくれたんです。ソフビの制作活動をするときのグループ名を付けないかと」。その名前は、アーロンさんのブランド名の元にもなった「杉並区動物学協会」だった。

高円寺庚申通り商店街にある「EL PATO」のオーナーと

高円寺庚申通り商店街にある「EL PATO」のオーナーと

キーワードは「Cool(クール)」

ある日の通勤時、都立善福寺川緑地の案内板に描かれたキャラクターを見て気になったという。「何の生き物?動物?恐竜?わからなくてネットで調べてみたら“なみすけ”でした」。そして、かわいいキャラクターもいいけれど「クールなデザイン」で杉並区を知ってもらうことはできないかと考えるようになった。「杉並区は東京の中でも隠れた存在のような気がします。東京に来る外国人観光客にも、もっと区の良さを知ってもらいたいと思いました。正直に言うと、秘密の場所として取っておきたい気持ちもあるけど(笑)」
そこで、杉をイメージしたデザインの服や小物を制作。2016(平成28)年、ブランド名を「杉並区未確認動物学協会」と名付け、公式ウェブサイトを始動した。「友人と作ったグループ名を元に、好きだった“妖怪”を想像させる言葉“未確認動物”を加え、18世紀半ばにいかにも本当にあったかのような名前を付けました」。サイトの説明文「this parody society has no official connection with the real Suginami-ku. At least not yet.(このパロディーの学会は杉並区とは関係がありません。少なくとも今は)」からは、アーロンさんの粋なジョークが感じ取れる。どのグッズも「Cool」で、「SUGINAMI'KU」と書かれたTシャツのシリーズは海外の人にも受けそうだ。
また、オリジナルのソフビ作品を中心とした公式ウェブサイト「SQDBLSTR」も同時期にスタート。ソフビ好きの10代後半~20代前半の若者に人気だという。

ソフビは主に日本の文化をイメージして制作している(写真提供:アーロンさん)

ソフビは主に日本の文化をイメージして制作している(写真提供:アーロンさん)

お世話になった杉並区に恩返し

「杉並区に住むことがなければ、アメリカに帰っていたでしょう。ここに住んだことで、妻と出会い結婚、2021(令和3)年に双子の父にもなれたのです」。2018(平成30)年に高円寺から阿佐谷へ、2021年に下井草へと引っ越したが、ずっと杉並区内で暮らしている。「子供たちに杉並区で育ったことに誇りを持ってもらいたいと思うようにもなりました。そのためにも、長い間お世話になっている区に恩返しがしたい。大好きな公園を維持できるような活動や、子供がすくすく育つ環境を守る活動にも、できるだけ携わっていきたいですね」。区内の子供たちのためにソフビ制作のワークショップを開いたり、なみすけグッズを制作したり、美術的な観点からも区をサポートしたいと、アーロンさんのアイデアは広がっていく。

取材を終えて
単身でアメリカから来日したアーロンさんが、家族を持ち、多くの人々と出会えたのは「ここ杉並区だったから」と、何度も会話に出てきたのが印象的だった。プロダクトデザイナーとして思いついたことをすぐに発信していく行動力は、私も見習いたいと感じた。杉並区に関わる活動についても注目していきたい。

アーロン・ウィルクス(Aaron Wilkes)  プロフィール
1985年、アメリカ生まれ。2011年より杉並区に在住。2016年よりオリジナルブランド「杉並区未確認動物学協会」やソフビをメインとしたウェブサイト「SQDBLSTR」を運営。

年賀状に使用したこともあるという、高円寺純情商店街のアーチ前で

年賀状に使用したこともあるという、高円寺純情商店街のアーチ前で

DATA

  • 取材:わいじ
  • 撮影:わいじ
    写真提供:アーロンさん
    取材日:2022年01月26日
  • 掲載日:2022年03月22日