山口朝さん

西荻窪産の蜂蜜を採る養蜂家

都立善福寺公園と周辺の花の蜜で作られた「西荻はちみつ」。西荻窪在住の養蜂家・山口朝(やまぐち とも)さんが、近隣の野菜農園の一角でミツバチを飼育し、採取したものだ。「森を守る蜂の話」という店名で、地元の総菜屋の軒先や地域イベントなどで販売している。
「西荻はちみつ“さくら”の元となるのは、主に善福寺公園のソメイヨシノの蜜です。山間部で採れた桜の蜂蜜よりも上品な風味で食べやすいと思います。ユリノキやトチノキの蜜などからできる“百花蜜”は、あっさりしているが深みがある」と山口さん。購入者からは「こんな住宅街でも採れるの?」「蜂蜜がこんなにおいしいなんて知らなかった」といった驚きの声が上がるという。
杉並のニホンミツバチの保護活動にも取り組む山口さんに、普段なかなか目にする機会のない養蜂の世界を案内してもらった。

▼関連情報
森を守る蜂の話(外部リンク)
すぎなみ学倶楽部 特集>公園に行こう>都立善福寺公園

「森を守る蜂の話」の店主、養蜂家の山口朝さん。西荻窪の農園にある巣箱の前で

「森を守る蜂の話」の店主、養蜂家の山口朝さん。西荻窪の農園にある巣箱の前で

主に善福寺公園の桜から作られる西荻はちみつ「さくら」(写真右)。山で採れた濃厚な甘味の「秋川産さくら蜜」(写真中)と食べ比べるのも楽しい

主に善福寺公園の桜から作られる西荻はちみつ「さくら」(写真右)。山で採れた濃厚な甘味の「秋川産さくら蜜」(写真中)と食べ比べるのも楽しい

会社員から養蜂家に

山口さんがミツバチに興味を持ったのは2005(平成17)年、40歳のころ。「御岳山を散歩していたとき、大きな木の根元のうろからミツバチが出入りするのを見て、単純に“かわいいな”“不思議だなぁ”と思いました。後で調べたところニホンミツバチだとわかりました」
2010(平成22)年に勤めていた会社が倒産し、生活が一変した。フリーランスとして仕事をするかたわら養蜂について勉強してみたものの飽き足らず、関東にある200群(※1)ほどを擁する養蜂場で修業し、蜂の管理や育成、蜂蜜の採取など、生産の基本を学んだという。2014(平成26)年4月、高尾の知り合いの農地を借り、2群からセイヨウミツバチの飼育をスタート。だが、セイヨウミツバチの管理は難しく、初心者は冬の寒さを乗り越えて春まで育てるのに苦労するそうで、山口さんも1年目は冬を越せなかった。
それでもあきらめずに続け「今は飼育している群をほぼ越冬させることができるようになりました」と笑顔を見せる。「ミツバチが僕のことをどう思っているかはわからないけど、仲良くやれている気がします。努力したら応えてくれるので、養蜂は楽しいですよ」
やがて、山口さんは自宅近くでも養蜂ができるのではないかと考え、西荻窪の農園の持ち主に頼んで巣箱を置かせてもらった。すると驚くほどおいしい蜂蜜が採れたという。そこで、2016(平成28)年から西荻窪でも本格的に養蜂を始めた。「3年目くらいから評判が広まって、買いに来てくれる人が増えました。妻にも手伝ってもらって、来てくれたお客さんには地元で採れた蜂蜜であることを丁寧に説明するようにしています」
「西荻はちみつ」の販売情報は「森を守る蜂の話」のホームページやSNSで案内している。

▼関連情報
森を守る蜂の話 Twitter(外部リンク)

2013(平成25)年1月から夏ごろまで、関東の養蜂家に弟子入りした(写真提供:UEGAKI Tomohiro)

2013(平成25)年1月から夏ごろまで、関東の養蜂家に弟子入りした(写真提供:UEGAKI Tomohiro)

2016(平成28)年、杉並区立ゆうゆう善福寺館で、地元の方たち30人に見守られながら初めての採蜜を行った(写真提供:山口朝)

2016(平成28)年、杉並区立ゆうゆう善福寺館で、地元の方たち30人に見守られながら初めての採蜜を行った(写真提供:山口朝)

西荻窪の「お惣菜ひらた」の軒先を借りて蜂蜜を販売。ちょっとした行列ができるほどの人気だ

西荻窪の「お惣菜ひらた」の軒先を借りて蜂蜜を販売。ちょっとした行列ができるほどの人気だ

巣箱を見学させてもらう

2021(令和3)年6月、西荻窪に設置している巣箱を特別に見せてもらった。住宅地にある広い野菜農園の一角に、木々に守られるようにして巣箱が置かれていた。下部の穴からセイヨウミツバチが出入りし、元気に飛び立って行く。善福寺公園をはじめ、東京女子大学のキャンパス、井草八幡宮など自然豊かな場所が多い西荻窪は、蜜源となる植物に恵まれているという。
「養蜂で生計を立てるには100群以上はないと難しいのですが、ここでは10群より増やさないようにしています。農園のすぐ隣は民家ですし、地域の昆虫との共存を考えてもこれぐらいが限界ですね」
山口さんは日々、ミツバチの健康をチェックし、オオスズメバチなどの天敵からも守っている。特に気を付けなければならないのが分蜂(※2)の管理だ。「住宅地でミツバチが巣分かれをし、民家に行ってしまったら大変なので注意しています」。山での養蜂とは違う苦労もあるが、西荻窪ならではの利点もある。「昔ながらの材木店や生地屋など個人商店が多く、養蜂に関係した資材を手に入れやすい。巣箱作りの相談にもよく乗ってもらっています」
4月は「さくら」、6~8月は「百花蜜」を、遠心分離機を使って採蜜している。ライターが見学時、巣箱から採れたての「百花蜜」を試食させてもらったところ、爽やかな甘みが口いっぱいにすっと広がった。

農園に置かれた巣箱。多い時は10群を飼育していたそうだが、見学した2021(令和3)年は7群だった

農園に置かれた巣箱。多い時は10群を飼育していたそうだが、見学した2021(令和3)年は7群だった

善福寺公園の方角に向かって行き来するセイヨウミツバチ

善福寺公園の方角に向かって行き来するセイヨウミツバチ

巣箱1段の中には10枚の板が入っている。一般的に1枚につき約2,000匹の蜂がいるといわれる

巣箱1段の中には10枚の板が入っている。一般的に1枚につき約2,000匹の蜂がいるといわれる

巣から採ったばかりの「百花蜜」を味見。とってもフレッシュ

巣から採ったばかりの「百花蜜」を味見。とってもフレッシュ

杉並のニホンミツバチの保護活動

山口さんは2018(平成30)年に「杉並の日本みつばちを守ろう!」という活動を始めた。区内に生息する野生のニホンミツバチの駆除を依頼されることがあり、引き取った後、あらかじめ募ってある一般家庭の庭先で飼育してもらっているそうだ。
セイヨウミツバチの巣箱から離れた場所に仮置きされた手作りの巣箱の中では、小さなニホンミツバチたちが静かに身を寄せ合っていた。「採蜜のためではなく、趣味みたいなものです。もともと野生だったので、ほとんど手はかけず“元気かな?”と様子をうかがうくらい」と話しながら、素早くブラシで巣箱を掃除する山口さん。優しいまなざしから、ミツバチへの愛情が感じられた。
山口さんは保護活動のほか、よみうりカルチャー荻窪などで養蜂講座の講師も務めている。

善福寺公園の木のうろに生息する野生のニホンミツバチ

善福寺公園の木のうろに生息する野生のニホンミツバチ

手作り巣箱の中の様子

手作り巣箱の中の様子

西荻窪にある別の農園にも保護したニホンミツバチの巣箱を置かせてもらっている

西荻窪にある別の農園にも保護したニホンミツバチの巣箱を置かせてもらっている

かつて養蜂が盛んだった杉並で養蜂を続けたい

2014(平成26)年に養蜂について調査・研究を行う団体「養蜂文化情報ネットワーク」を有志で設立。杉並の養蜂の歴史も調査している。「1922(大正11)年に農商務省農務局(現農林水産省)が発行した『本邦養蜂一斑』に、東京の主なる養蜂地域として12箇所があげられ、そこに“杉並、井荻、高井戸(当時いずれも村)”の3箇所が書かれていました。区立高井戸小学校には、地域の方から寄贈された大正末期の巣箱が保存されています」
昔から養蜂が盛んだった杉並で、これからも養蜂を続けたいと語る山口さん。生態系を守るためには、ハナバチなど先住の蜂の餌となる花の蜜や花粉を奪わないように気を付けて飼育する必要があるという。「丸太に穴を開けたビーハウス(ハナバチの産卵箱)を農園に設置したところ、野生のハナバチがたくさん来てくれました。これほど多様な蜂が住宅地にいるとは驚きです。今後は、杉並に豊かな自然があることを子供たちに伝える活動にも力を入れていきたいと思っています」

▼関連情報
養蜂文化情報ネットワーク(外部リンク)
カフェ・カワセミピプレット(外部リンク)

※1 群(ぐん):巣箱の単位。1匹の女王蜂を中心に、働き蜂と雄蜂が1つの巣箱で暮らしている
※2 分蜂(ぶんぽう):ミツバチが巣分かれをすること。放っておくと、年に2、3回新しい女王蜂が誕生し、前の女王蜂が巣にいる半分のミツバチを連れて集団で引っ越してしまう

取材を終えて
初めて西荻はちみつ「さくら」を口に含んだ瞬間、善福寺公園を彩る美しい桜の風景が頭に浮かんだ。以前から緑の多い杉並が好きだったが、蜂たちが元気に暮らせるほど自然に恵まれていることを山口さんに教えてもらい、ますます大好きになった。

山口朝 プロフィール
1965年、長崎県長崎市生まれ。2006年から西荻窪に暮らす。
関東の養蜂場での修業を経て、2014年に高尾でセイヨウミツバチの飼育を始める。同年「養蜂文化情報ネットワーク」を設立。2016年1月、西荻窪でもセイヨウミツバチの飼育を始める。「森を守る蜂の話」店主として「西荻はちみつ」を販売。学校の授業や公開講座などで養蜂の講師を務める。

高井戸小学校に寄贈された大正末期ごろの杉製のミツバチ飼育箱(写真提供:山口朝)

高井戸小学校に寄贈された大正末期ごろの杉製のミツバチ飼育箱(写真提供:山口朝)

課外授業で農園の見学に来た小学生にミツバチの生態について解説(写真提供:山口朝)

課外授業で農園の見学に来た小学生にミツバチの生態について解説(写真提供:山口朝)

ビーハウスに産卵のためにやって来たハチたち。オオハキリバチ、ハラアカヤドリハキリバチ、トガリハナバチ、コンボウヤセバチ、ツリアブ、シリアゲコバチなど(写真提供:山口朝)

ビーハウスに産卵のためにやって来たハチたち。オオハキリバチ、ハラアカヤドリハキリバチ、トガリハナバチ、コンボウヤセバチ、ツリアブ、シリアゲコバチなど(写真提供:山口朝)

善福寺川沿いにある「カフェ・カワセミピプレット」では、保護したニホンミツバチのミツロウを使った「ミツロウラップ」を販売している(写真提供:山口朝)

善福寺川沿いにある「カフェ・カワセミピプレット」では、保護したニホンミツバチのミツロウを使った「ミツロウラップ」を販売している(写真提供:山口朝)

DATA

  • 取材:西永福丸
  • 撮影:西永福丸、山口朝、TFF
    写真提供:山口朝、UEGAKI Tomohiro
    取材日:2021年05月29日、06月10日
  • 掲載日:2021年07月12日