清見寺

新高円寺駅から青梅街道沿いに西へ徒歩約5分。翼を広げたような形の本堂は風格がある

新高円寺駅から青梅街道沿いに西へ徒歩約5分。翼を広げたような形の本堂は風格がある

「馬橋の灸寺」の愛称を持つ寺院

瑞雲山清見寺(ずいうんざん せいけんじ)は、梅里2丁目にある曹洞宗の寺院だ。この一帯は1968(昭和43)年に住居表示が実施される前まで馬橋という地名だったことから、通称「馬橋の灸寺(きゅうでら)」と呼ばれてきた。現住職に「灸寺」という愛称の由来を聞くと、「先々代の住職に鍼灸(しんきゅう)の心得があり、檀家(だんか)や近隣の方々に治療を施していたそうです」と説明してくれた。『杉並風土記』によれば、同寺では明治末年から灸治療が行われ、旧本堂脇の内玄関に「官許、瑞雲山清見寺、名灸点(※1)」の看板が掲げられていたという。住職は「先々代が亡くなる少し前の昭和50年代まで続いていたと思われます。時折、治療の問い合わせがありますが、今はやっていませんとお答えしています」と笑う。

境内の右手で出迎えるかのように伸びる松

境内の右手で出迎えるかのように伸びる松

風鐸と石仏

清見寺の開創は寛永年間(1624-1644)の前期頃とされ、元禄年間(1688-1703)に火災に見舞われた。1936(昭和11)年には練馬区にあった道場寺の本堂を移して改築。現在の本堂は、その後1993(平成5)年に新築したものだ。本堂の軒の四隅には、風鐸(ふうたく)と呼ばれる鐘形の鈴が下がっている。山門からも見える高さ約3mの大きな石仏は、左から弘法大師(こうぼうだいし)、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)。台座側面の碑文には、清見寺の檀家であった関口家が1934(昭和9)年に寄進したと彫られている。

日光を反射して光るように見える風鐸。清見寺には江戸期に作られた風鐸が保存されている

日光を反射して光るように見える風鐸。清見寺には江戸期に作られた風鐸が保存されている

三体の石仏は見上げるほどの大きさ

三体の石仏は見上げるほどの大きさ

杉並の小学校発祥の地

清見寺は、杉並の小学校発祥の地としても知られる。1875(明治8)年、東京府中野村(現東京都中野区)の宝仙寺に桃園小学校が開校したが、校区が広かったため、清見寺に、馬橋村、高円寺村、阿佐ヶ谷村、天沼村、田端村、成宗村の児童が通う分校が設けられた。山門脇には「明治8年から同17年まで、現在の杉並区立第一小学校の前身である桃園小学校第一番分校(同9年桃野学校(※2)として独立)が置かれており、杉並近代教育発祥の地の一つ」と区教育委員会による掲示がある。毎年5、6月になると、杉並第一小学校の児童が見学に訪れている。

宗派:曹洞宗
本尊:木造千手観音菩薩坐像

※1 灸点:灸をすえること。「点」は旧字体
※2 桃野学校:桃野(とうや)尋常高等小学校

通りがかりに拝んでいく人もいる山門脇の地蔵尊

通りがかりに拝んでいく人もいる山門脇の地蔵尊

DATA

  • 住所:杉並区梅里2-11-17
  • 電話:03-3311-2906
  • 最寄駅: 新高円寺(東京メトロ丸ノ内線) 
  • 公式ホームページ:https://www.city.suginami.tokyo.jp/kyouiku/bunkazai/hyouji/1007875.html
  • 出典・参考文献:

    『杉並風土記』中巻 森泰樹(杉並郷土史会)
    『文化財シリーズ23 杉並の寺院』(杉並区教育委員会)
    『文化財シリーズ43 新修・杉並の寺院』(杉並区教育委員会)

  • 取材:杉野孝文
  • 撮影:杉野孝文
    取材日:2020年10月13日
  • 掲載日:2021年01月18日