佐川綾野さん

情感豊かな切り絵でファンを魅了

「切り絵を始めたのは中学生の頃です。もともと木版画が好きで、版画家になりたかったのですが、技法が似ている切り絵も作り始めました」
木版画と切り絵。面から線を削っていくところや、後から色を付けていく技法が似ていると佐川綾野(さがわ あやの)さんは感じたという。
夢をかなえるために京都の大学の版画専攻科に進学。卒業後もアルバイトをしながら制作を続け、版画家を目指した。だが、材料の木をそろえることや、力を込めて木を削ることがしんどくなってしまう時期があったという。「でも制作は止めたくなかった。もっと気軽に手を動かせないかと考えたんです」
そこで2009(平成21)年、切り絵を本格的にスタート。作品をブログで発信したり、個展を開催したり、2010(平成22)年にはカルチャーセンターの講師を務めたりと、切り絵作家としての道を切り開いていった。その後も、展示のみならず、ワークショップを定期的に開催するなど精力的に活動し、情緒豊かな作風でファンを増やしている。

「着物が好きで、制作中も和装です」と佐川さん

「着物が好きで、制作中も和装です」と佐川さん

ファンを魅了する、幻想的な雰囲気の切り絵

ファンを魅了する、幻想的な雰囲気の切り絵

「和紙による色付け」と「女性的な図案」

佐川さんの切り絵の最大の特徴は、和紙で色付けをすることだ。切り絵の主線となる黒い線は色上質紙を切り抜き、その後、のりで黒い線の裏に和紙を貼って作品全体の色を表現していく。大学時代、ゼミの教授が和紙の研究者であったことが、佐川さんの作品に大きく影響した。本格的に和紙と向き合い、和紙は貴重かつ尊いものだと教え込まれた大学時代だったという。「和紙を使うと、切り絵が光を通してステンドグラスみたいになるのが、私の感覚にしっくりきたんです」。今も和紙屋に通ったり、旅先で良い和紙を探したり、素材としての可能性に常に魅了されている。「前はよく徳島の阿波和紙を使っていましたが、今は鳥取の因州和紙を使っています。因州和紙は発色がよく、いろいろなパターンの染め紙があり、バリエーションに優れていますね。作品の出来栄えが違ってきます」
また、佐川さんは「切り絵には古典的、男性的なイメージがありますが、私はあえて童話などの物語などをモチーフにして、女性的な作風を意識しています」と話す。
和紙による繊細な色付けと、女性的な図案。これらが相まって、佐川さんならではの切り絵の世界が生まれている。

光を透過した切り絵。和紙の派手でない淡い色合いが、全体を引き立てる

光を透過した切り絵。和紙の派手でない淡い色合いが、全体を引き立てる

女性的な表現の中に、繊細な手仕事のすごみを併せ持つのが、佐川さんの作品だ

女性的な表現の中に、繊細な手仕事のすごみを併せ持つのが、佐川さんの作品だ

切り絵を素材としたアクセサリーブランド「riculi」

2012(平成24)年に「切り絵で誰もやっていないことをやってみよう、と立ち上げたのが、アクセサリーブランド「riculi(リクリ)」だ。
ブランド名は、光が入り乱れ、まばゆいばかりに美しく輝く様子を意味する「光彩陸離」から。切り絵をレジン(樹脂)で固めて、イヤリングやピアス、ブローチなどに仕立てたアクセサリーを販売している。「ちょうどレジンがハンドメイド界に出回りはじめた時期で、面白い素材が出たなと思い、使ってみました」。レジンで透明感と質感が増したアクセサリーは、切り絵が素材だとは思われず「お客さまに分かってもらうまでに苦労しました」と佐川さんは笑う。
切り絵の裾野を広げたいとの思いで、手作り市に出店したり、百貨店のポップアップショップに出したりとアクセサリー制作を続けていくうちに、手芸本の編集者の目に止まった。そして、2015(平成27)年に初めての書籍『かわいい切り絵図案集』の出版に至る。

花をモチーフにしたイヤリング。レジンで固めてあるため、強度もしっかりしている

花をモチーフにしたイヤリング。レジンで固めてあるため、強度もしっかりしている

白を主線とした作品は、がらりと雰囲気が変わる。はかない美しさ

白を主線とした作品は、がらりと雰囲気が変わる。はかない美しさ

作家は新しいメディアにも参加するべき

SNSを駆使して活動するのも佐川さん流。2018(平成30)年にYouTubeの公式チャンネルを開設し、切り絵の制作風景や手法を動画で見せる番組を配信している。また、TwitterやFacebook、TikTokでも活動を発信。「作家は新しいメディアにも参加するべき。新しいものには敏感でないといけないと思うし、その中で人と出会うことも重要ですし」
そこにあるのは、やはり、切り絵の裾野を広げたいという強い思いだ。「切り絵の魅力はまだ未開拓。2020(令和2)年9月に新刊『そのまま切って飾れる きれいな5色の切り絵帖』を出版したのですが、そこでは“色切り絵”という、これまで黒が主流だった主線の部分に黒以外の紙を使う手法を提案しています。新しい切り絵の世界が開けると思います」
さまざまな試行錯誤を経て、切り絵の可能性を広げていく佐川さん。その過程で、珍しい技法も切り絵のスタンダードにしていく夢を、着実に形にし続けている。

YouTubeでは季節の花など、生活に身近な図案の作り方も紹介している

YouTubeでは季節の花など、生活に身近な図案の作り方も紹介している

『そのまま切って飾れる きれいな5色の切り絵帖』(ホビージャパン)の表紙

『そのまま切って飾れる きれいな5色の切り絵帖』(ホビージャパン)の表紙

目指すは地元・西荻窪での個展開催

長らく出身地の静岡、そして東京と関西を中心に往来しながら、各所で活動してきたが、2018(平成30)年、西荻窪にアトリエ兼女性限定の教室を構え、杉並区在住となった。「京都にいた時、西荻窪に住んでいる友達の刺繍(ししゅう)作家さんから“アパートの一室空いたよ”という電話をもらい、次の日には契約しに行きました。即決でしたね」
もともと西荻窪に良い印象を持っていた佐川さん。実際に暮らしてみたら、思っていた以上に住みやすく、いろいろな人と出会える町だったという。「私は着物が好きなのですが、西荻窪のカフェバーで知り合った友人を、何人か着物屋さんに連れていったことがあります。そうしたら、何度も通ううちに“いつもありがとう。お礼に浴衣をもらってくれる?”なんてやりとりがあったりして。人との出会いがさまざまな場所とのつながりを与えてくれる、西荻窪ならではだと思います」
佐川さんの身近な夢は、自分の切り絵をアニメーションにすることと、西荻窪で個展を開催すること。「西荻窪のたくさんの人に見てもらえる個展にしたい。光と影が交差するような作品を並べたいです」
持ち前の行動力と発信力で、その目標をかなえる日も近いに違いない。

取材を終えて
佐川さんとは7年前に、大阪で出会った。満を持して取材することとなり感無量である。年を追うごとにパワーアップしていく彼女の情熱が、これから杉並の地でどう育まれていくか楽しみでならない。

佐川綾野 プロフィール
和紙の優しい色合いを使い、新しい技法を生み出しつつ、切り絵の制作をしている。同時に切り絵アクセサリーブランド「riculi」を展開。個展、教室、本の出版、雑誌などで活動する。テレビ出演多数。
2006年 美大で版画を勉強
2009年 切り絵で作品を発表し始める
2015年 『かわいい切り絵図案集』発売
2018年 拠点を西荻窪に移す
2020年 『そのまま切って飾れる きれいな5色の切り絵帖』発売

展示風景。実物の迫力は格別。見るほどに引き込まれる

展示風景。実物の迫力は格別。見るほどに引き込まれる

西荻窪でさらなる新境地に挑む佐川さん。これからの活躍が楽しみだ

西荻窪でさらなる新境地に挑む佐川さん。これからの活躍が楽しみだ

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