無銭優雅

著:山田詠美(幻冬舎)

山田詠美さんが描く、杉並に縁の深い二人が西荻窪で愛を育んでいく物語。
五日市街道沿いで友人と花屋を経営する斎藤慈雨(じう)と、西荻窪の予備校で講師を務める北村栄(さかえ)は、ともに40代半ばで独身。慈雨は三鷹、栄は西荻窪の生家に暮らしている。二人は、飲食店、善福寺川へ向かう散歩道、栄の住む古い日本家屋で、たわいもない会話を交わしながら日々を過ごす。互いの存在がかけがえのないものになっていく過程が、ユーモラスなやりとりと、慈雨が栄も含めた他者との関係に思いを巡らす姿を通して鮮やかに浮かび上がる。
ドラマチックな出来事がほぼ起こらない地味な中年男女の物語が、魅力的な「西荻窪ラブストーリー」になっており、直木賞作家の山田さんの筆力の冴えを堪能できる作品だ。

おすすめポイント

西荻窪が恋人たちの背景として違和感なく存在し、街の空気を楽しめるのが魅力だ。実在の店を彷彿(ほうふつ)させる、慈雨と栄の行きつけのジャズバーや気軽にフランス料理を楽しめるビストロ、善福寺川沿いの遊歩道などが、作品中にリアルに息づき、二人を優しく包み込んでいる。
慈雨が栄に勧められて読む、死で終わるさまざまな恋愛小説の一節が随所に挿入されている構成にも注目したい。慈雨と読書体験を共有させることで、読者を心情的により彼女に近づけていく山田さんの仕掛けが心にくい。文末に挿入作品リストがあるので、興味を持った小説を読んでみるのもいいだろう。

善福寺川沿いの遊歩道は、恋人たちの語らいの場

善福寺川沿いの遊歩道は、恋人たちの語らいの場

DATA

  • 取材:村田理恵
  • 撮影:TFF
  • 掲載日:2020年08月11日