伊藤朗子さん

家庭料理のプロ

食材に向ける目がやさしい料理家伊藤朗子(あきこ)さん。中国料理の権威ある資格「二級厨師(※1)」を持ち、雑誌の料理ページなどで活躍している。マスメディアを通してお茶目な笑顔を見かけたことがある人もいるのではないだろうか。地元の杉並区永福で料理教室も主催。食材に合わせた丁寧な下ごしらえと、調理過程で「頑張っておいしくなれ」と食材を励ますユニークな指導方法が好評で、教室はいつも生徒でにぎわっている。
高い技術と柔らかい人柄、二つの魅力を合わせ持つ伊藤さんに、料理家になるまでの道のりや、毎日でも食べたくなる中国家庭料理作りの秘訣などについて伺った。

※1 厨師(ちゅうし):中国の省ごとの国家資格で、五級から特一級まで八段階ある。二級以上の試験は包丁仕事、前菜、鍋仕事に加え、栄養学、公衆衛生の知識なども問われる

伊藤郎子さん。 自宅キッチンにて

伊藤郎子さん。 自宅キッチンにて

魚をさばくのを見るのが好きだった幼少期

伊藤さんは、フク(※2)などの海の幸に恵まれた山口県下関市で生まれ育った。「網元の娘だった祖母は、毎日欠かさずいい魚を食べてました。父は外食で気に入った料理を母にリクエストしてたんですよ。チャレンジ精神旺盛な母は食の安全に対しても関心が高く、食品添加物が社会問題化すると無添加のかまぼこやパンを自宅で手作りしていました 」。自身も幼い頃から料理に興味があり、母が魚をさばく時は、よく見えるように踏み台を持ち出してきてじっと見ているのが好きだったという。小学校中学年からは一人で市場に買い出しに行ったり、下準備をしたり、台所仕事も手伝った。誕生日に初めて買ってもらった本は子供向けの料理の本。「読むだけでなく、ラムボール(※3)の味を想像したり、本格的なホットビスケットを作って家族にふるまっていました。兄からハンバーグのポテト包みを誕生日にリクエストされたこともありました。東京の大学に進学してからは、実家で食べていた味が恋しくてますます食事作りに励むようになりました」

※2 フク:下関でのフグの呼び方
※3 ラムボール:スポンジ生地をチョコレートとラム酒で風味をつけて丸めた菓子

小さい頃から食べることが好きだった(写真提供:伊藤朗子さん)

小さい頃から食べることが好きだった(写真提供:伊藤朗子さん)

初めて買ってもらった料理本『ラブおばさんの子供料理教室』を見る伊藤さん。今でも宝物

初めて買ってもらった料理本『ラブおばさんの子供料理教室』を見る伊藤さん。今でも宝物

レシピコンテスト大賞受賞が契機に

大学卒業後はファッションメーカーに就職したが、「料理の本を作りたい」という、子供の頃からの夢を叶えるため、4年目に転職。念願の料理本専門の編集プロダクションで編集者となる。ムックの編集やスタイリング (※4)の仕事で多忙を極めつつも、料理の知識を深めるために、「野口日出子料理教室」と、「済南賓館」(※5)の中国料理教室にも通った。「済南賓館の料理教室を選んだのは、客として食べた時、脂っぽくなく、日本の家庭料理にも似たやさしい味わいで、自分に合った中華と感じたからです」。2008(平成20)年まで四谷にあった「済南賓館」は、中国山東省の伝統料理の名店。山東料理は魯菜(ろさい)とも呼ばれ、塩をベースにした調味、ラード・砂糖・化学調味料を一切使わない、素材を生かした料理が評判だった。 伊藤さんはこの教室で熱心に学び、8年目に二級厨師資格を授与されるまでになった。「私が今考案するレシピにも、さっぱりとした魯菜の味わいや手法を取り入れているものが多いです」
料理の腕が上がるにつれて、編集者としてではなく自分自身のメニューを発信したいという思いが募っていった伊藤さん。2007(平成19)年に主婦向け雑誌と醤油メーカー共催のレシピコンテストで、初めての応募にもかかわらず大賞を受賞した。「電話で受賞の連絡がきたときは、とにかく驚いて腰が抜けました。震える手で受話器を持ち実家に連絡すると、父が一番喜んでくれました」。 これが契機となり、料理研究家の撮影アシスタントを経て、2010(平成22)年に料理家として独立した。

※4 スタイリング:雑誌や本、テレビの料理番組などで、料理がおいしそうに見えるように食器、小物などで演出する
※5 済南賓館(チーナンヒンカン):四谷にあった魯菜の名店。 魯菜傳人(でんじん 伝承者)で特級厨師の店主が料理教室を開催し、魯菜の技術を伝えていた。2008(平成20)年閉店。映画化もされた『済南賓館物語』(佐藤孟江、佐藤浩六)で詳しい歴史がわかる

レタスクラブ大賞を受賞した「鶏だんごとズッキーニのトマトしょうゆ煮」(※当時の掲載紙面 提供:伊藤朗子さん)

レタスクラブ大賞を受賞した「鶏だんごとズッキーニのトマトしょうゆ煮」(※当時の掲載紙面 提供:伊藤朗子さん)

レシピコンテストの副賞はアメリカ旅行だった(写真提供:伊藤朗子さん)

レシピコンテストの副賞はアメリカ旅行だった(写真提供:伊藤朗子さん)

やさしい味の飽きない料理を指導

2018(平成30)年現在、伊藤さんは雑誌の料理ページを担当するほか、動画配信による料理紹介も行っている。主なメニューは、ハレの日の華やかな料理だけではなく、毎日自宅で食べる「やさしい味で飽きない家庭料理」。料理のハードルを下げることをテーマにし、誰でもおいしく作れるものだ。 「生湯葉(なまゆば)をつけ汁ごとスープに使うと、とろみとうまみが出る」、「菜の花のような青菜は、調理前に切り口を水に浸けておくと葉がシャキッとしておいしくなる」。こうした素材の持ち味を引き出す料理方法を教えてくれるので、食材の選び方や処理の仕方次第で、うまみがぐっと増すことを実感できるだろう。
また、自身の料理をいろいろな人に食べてもらいたい気持ちから、伊藤さんは「やさしい中国料理の会」と称する限定レストランを、月1回笹塚で開いている。 魯菜をベースにしたオリジナル料理をいただけるぜいたくな会で、毎回盛況だ。
さらに、自分がこれまで学んできたことを伝える場として、2013(平成25)年から永福の自宅で、料理教室「おうちで手軽に作る中国料理」を開催している。少人数制のアットホームな教室で、季節に合った献立や、体の調子を整える薬膳の知識も学ぶことができる。「教室では完璧な魯菜は目指していません。少量の砂糖は使うし、手間を省けるところはスキップするなど簡略化しています。生徒さんたちが自宅で再現したくなる料理を紹介しているので、それぞれのご家庭の定番メニューとなってくれるとうれしいですね」

▼関連情報
レタスクラブニュース>伊藤郎子さんのレシピ(外部リンク)

魯菜の前菜。三色蛋(さんしょくたん。塩漬け卵とピータンを卵液で蒸し固めたもの・写真右上)、葱干絲(ねぎがんすー。押し豆腐のねぎあえ・写真中央)など(写真提供:伊藤朗子さん)

魯菜の前菜。三色蛋(さんしょくたん。塩漬け卵とピータンを卵液で蒸し固めたもの・写真右上)、葱干絲(ねぎがんすー。押し豆腐のねぎあえ・写真中央)など(写真提供:伊藤朗子さん)

料理教室でデモンストレーション

料理教室でデモンストレーション

料理教室での献立。蒸し白菜のマスタードごまだれサラダ(写真上・中央)、ブロッコリーの乾しえびあえ(写真上・右)、スペアリブと大根のスープ煮(写真下・右)など

料理教室での献立。蒸し白菜のマスタードごまだれサラダ(写真上・中央)、ブロッコリーの乾しえびあえ(写真上・右)、スペアリブと大根のスープ煮(写真下・右)など

井の頭線沿線が好き

学生時代に住んでいた三鷹台、久我山、そして現在の永福と、「井の頭線沿いを西から東に引っ越してきた」と伊藤さんは笑う。「杉並は便利なうえ、環境が良く落ち着いていて住みやすいのが魅力です。善福寺川緑地や大宮八幡宮、ふくにわ(※6)など、広々した場所があるのも気に入っています。永福図書館にもよく行きます。おいしいレストランもあり、永福食堂は好きなお店の一つです」。料理教室やレシピ考案に使う食材も、主に近所のスーパーや地元商店でそろえているそうだ。「サミット西永福店にある産直野菜コーナーもよく利用するんですよ」と話す。
最近では、中国料理に関連した薬膳や中医学 (※7)、さらにはインドや中東のスパイスへと、どんどん興味の世界を広げている伊藤さん。「家で作る料理は、市販品のようにいつも同じ味にならなくてもいいので、おおらかな気持ちで多少の失敗を恐れずどんどん挑戦してほしいと思います」と、料理を楽しむコツを教えてくれた。

※6 ふくにわ:永福町駅にある京王リトナード永福町の屋上庭園
すぎなみ学倶楽部 特集>公園に行こう>屋上庭園 ふくにわ
※7 中医学:漢方薬を代表とする中国の伝統医学。薬食同源(日本では医食同源)は中医学によるもの

取材を終えて
取材当日にいただいた杏仁豆腐の味が、やさしく素朴で、まさに伊藤さんの人柄そのもののように感じられた。「杏仁には肺を潤す作用があり、喉の乾燥する季節におすすめの食材です」という解説付きで食べると、一層効果がある気になった。回り道をしながらも自分のやりたかった料理を仕事にした話を伺い、夢を叶えるのに必要なのは思い続けることだとしみじみ思った。これからも居心地のいい永福から、新しい料理を取り入れながら、温かい家庭料理の魅力を発信し続けていただきたい。

伊藤朗子 プロフィール
山口県下関生まれ。杉並区在住。国際基督教大学卒。服飾メーカー勤務後、料理の仕事へ転身。料理本の編集やフードスタイリングを経て、2010(平成22)年に料理家として独立。「やさしい味の飽きない料理」をモットーに、多くの雑誌のレシピ提案などで活躍中。自宅での料理教室「おうちで手軽に作る中国料理」、限定レストラン「やさしい中国料理の会」も好評。趣味はヨガ。著書に『1週間で2000円節約定食』(角川マガジンズ)、『らくらく料理上手のおいしい味付け』(日本テレビ放送網)他。

永福食堂は、永福町北口商店街にある人気イタリアンレストラン

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伊藤さんの著書。毎日使えるレシピが満載

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やさしい味わいの杏仁豆腐。自家製梅ジャムが乗っている

やさしい味わいの杏仁豆腐。自家製梅ジャムが乗っている

DATA

  • 公式ホームページ:http://iskitchen.cocolog-nifty.com/
  • 出典・参考文献:

  • 取材:ogikuma
  • 撮影:ogikuma、TFF
    写真提供:伊藤朗子さん
  • 掲載日:2019年02月04日