散歩もの

作:久住昌之 画:谷口ジロー (扶桑社)

人気漫画『孤独のグルメ』と同じ作者のコンビによるエッセイ風コミック。主人公の上野原が、神田川沿いの緑道や、北品川の商店街、真夜中の住宅街などを散歩するショートストーリーが8話収録されている。
文具メーカーに勤務し、妻と吉祥寺に暮らす上野原は、30代半ばのごく普通の男。自称「散歩の天才」で、「テレビや雑誌で見た場所へ出かけていく散歩は散歩ではない。理想的なのは“のんきな迷子”」が持論である。道中に事件が起こるわけでもなく、彼が目をとめるのは、路地裏の手押し井戸ポンプや、店先に置かれたレトロな秤(はかり)。そんなありふれた風景を通して、上野原のささやかな感動や心の揺らぎが描かれている。
おすすめポイント
第三話は、京王井の頭線の井の頭公園駅から高井戸駅までの散歩。絵本店に立ち寄った上野原が、『しあわせの王子』(※)を読み、学生バンド活動をしていたころの自分を振り返る。「俺はコネで今の会社にもぐり込んだ。石井(友人)はその後ずっとバイトしつつミュージシャンをめざしていた。(中略)俺たちが一緒に望んだ“しあわせ”はなんだったんだろう」。巻末の「原作うらばなし」によると、久住昌之さんはこの話を書くにあたり、井の頭公園から新宿まで歩いてみたそうだ。そして、その写真資料を元に、谷口ジローさんが緻密(ちみつ)なタッチで背景を見事に再現している。神田川の水面や、緑道の木々がさわやかに描かれており、読むと散歩気分を味わえるだろう。

※『しあわせの王子』:オスカー・ワイルドの童話。王子の像が体の一部である宝石や金ぱくを貧しい人々に分け与えるため、ツバメに届けてもらう話

DATA

高井戸駅に近づくにつれて、杉並清掃工場の煙突が徐々に大きく見えてくるのがリアル

高井戸駅に近づくにつれて、杉並清掃工場の煙突が徐々に大きく見えてくるのがリアル