藤山大樹さん

手妻(てづま)界、期待の新星

「手を稲妻の如く素早く動かす」
そんないわれをもつ「手妻」。国の無形文化財に指定されている日本独自の奇術、マジックである。江戸時代に娯楽見世物として人気を博したものの、明治になり西洋のマジックが入ってくると急激に衰退。現在、プロの手妻師は全国で数人になってしまったという。
そんな手妻界に期待の新星が登場した。藤山大樹(ふじやまたいじゅ)さん、27歳(取材時現在)。マジック界最大の大会「FISM」のアジア予選で部門優勝するなど、実力の持ち主である。
阿佐谷で生まれ育ち、世界に羽ばたく手妻師、藤山大樹さんに話を伺った。

2014(平成26)年、アジア大会での演技(写真提供:藤山大樹さん)

2014(平成26)年、アジア大会での演技(写真提供:藤山大樹さん)

人に感動を与えるマジックの魅力

「マジックを始めたのは高校生の時。TVでMr.マリックさんがトランプマジックの解説するのを観て、こんな簡単な方法で人を感動させたり驚かせることができるんだと思ったのがきっかけです。次の日、すぐにトランプを買いに行きました。」
高校生で社会人サークルに入り、ますますマジックに魅了される。大学時代はマジックサークルに入部し、さらに腕を磨いて数々の大会で優勝する。卒業を前に「せっかく夢みたのだったらやってみよう」とプロの道に進むことを決意。それまでの西洋マジックから一転、手妻師・藤山新太郎門下に入門する。「縁ですね。師匠とは社会人サークルの公演時に出会い、それから度々仕事を手伝うようになりました。名古屋、明治村での公演の手伝いの時、初めて大きな舞台で手妻を見て衝撃を受けました。それですぐにやろうと思ったわけではありませんが、心の片隅に残っていたんだと思います。」
伝統芸能の世界へ入るのは簡単なものではなかったと言う。「最初の半年は西洋のマジックと長唄、鳴り物(太鼓・鼓)、日本舞踊の稽古。和の素養が身に付いて、マジックの基本的な原理を理解したところで、ようやく手妻を教えてもらえます。マジック以外のことを身に付けなくてはいけないので、そこで手妻師を断念してしまう人もいると思います。」大樹さんの場合、偶然にも大学時代に舞台素養を身につけようと日本舞踊を習っていたことも功を奏し、4年ほどで修行を終えて、2013(平成25)年よりプロとして活動を始めた。

大学2年生、サークルの発表会での演技(写真提供:藤山大樹さん)

大学2年生、サークルの発表会での演技(写真提供:藤山大樹さん)

思い出の明治村「呉服座(くれはざ)」での公演(写真提供:藤山大樹さん)

思い出の明治村「呉服座(くれはざ)」での公演(写真提供:藤山大樹さん)

手妻の魅力

日本の奇術のルーツはインド、また中国ともいわれ、初めは宗教との結びつきが深かったとされる。二千年前には幻戯(めくらまし)、千三百年前には散楽(さんがく)と呼ばれ、その後、奇術、下術(げじゅつ)、幻術、放下(ほうか)、品玉(しなだま)、手品など、さまざまに名前と形を変え、江戸時代に「手妻」として完成された。その芸は人を驚かせるだけでなく、華麗なる物。指先や刀先、扇子などから水が吹き出る「水芸」。半紙を切って扇であおぎ、蝶が舞っているかのように見せる「浮かれの蝶」。日本独特の様式美と奇術が見事に融合されたエンターテインメントである。
江戸庶民の楽しみとなった手妻。常設小屋での興行が盛んとなり、スターも誕生。伝授本が売られ、幕末には欧米で興行するほど人気となったが、明治以降に衰退。その復活に貢献した1人が、大樹さんの師匠、藤山新太郎さんである。
「手妻には狂言や歌舞伎、日本舞踊の雰囲気があったり、BGMに邦楽を使ったり、いろんな要素があるのが魅力です。僕は“和の伝統芸能の入り口”と言っていますが、手妻を観ることで日本文化を一度に体験することができます。しかも言葉がいらないので、老若男女、外国の方、誰でも楽しめると思います。」

藤山新太郎さんによる「水芸」(写真提供:藤山大樹さん)

藤山新太郎さんによる「水芸」(写真提供:藤山大樹さん)

弟子時代。新太郎師匠の後見(補佐)をする大樹さん(写真提供:藤山大樹さん)

弟子時代。新太郎師匠の後見(補佐)をする大樹さん(写真提供:藤山大樹さん)

妖艶さが漂う世界観

2014(平成26)年、「FISM ASIA」大会で部門優勝、翌年には世界大会で5位に選ばれ、国内外で注目されるマジシャンとなった大樹さん。受賞作「七変化」は、中国の変面(※)を取り入れたオリジナル作品。マジックでありながら、妖艶な舞いを見ているかのような、華麗で不思議な世界が繰り広げられる。「1匹の狐がいろんな人物に化け、お客さんを化かして遊んでいるという作品です。変面は手妻ではないのですが、相性がいいのではと思って取り入れました。江戸時代の人だったらどんな作品にするだろうかと考え、さらにそれを現代風にアレンジしました。」
1つの目標としていた世界大会出場。次の大会(2018年)での優勝を目指し、早くも新作を構想中だと言う。「日本舞踊に“松づくし”という踊りがあります。松の名所を並べた唄で、2枚の扇でさまざまな松を表現するのですが、それをアレンジして、緑色の扇がだんだん白色になることで、松に雪が積もる様子を表現したり、扇をたくさん使って大きな松を作るとか。ほかにも浮世絵を元にした作品も考えています。」

※ 変面(へんめん):中国の古典劇に伝わる、一瞬で面を変える演技(デジタル大辞泉)

次々と面が変わる「七変化」(写真提供:藤山大樹さん)

次々と面が変わる「七変化」(写真提供:藤山大樹さん)

お年寄りから子供まで心がつながる

現在、大樹さんは浅草の料亭「婦志多(ふじた)」で定期公演を行うほか、生まれ育った杉並でもさまざまな公演を行っている。2015(平成27)年10月には、杉並区のマジックサークル「杉並マジッククラブ 第15回定期発表会」にゲストとして参加した。
「とてもいい会でしたね。マジックを通してお年寄りから子供までつながれる、あらためてマジックって平和だなと思いました。杉並には“阿佐ヶ谷ジャズストリート”とか“高円寺びっくり大道芸”とかイベントがいろいろあるので、機会があれば参加したいなと思っています。」
伝統芸能というと堅苦しいものを想像してしまうが、手妻の「妻」には刺身のツマのように、ちょっとしたもの、添え物といった意味があり、「手妻」=「手慰み」という意味もあるという。難しいことはなにもない。ぜひ目の前で起こる不思議を目で耳で体で楽しんでほしい。

取材を終えて
手妻の歴史や魅力について、熱心に語る大樹さん。手妻に強く惹(ひ)かれ、もっと多くの人に観て欲しい、そんな思いがビシビシと伝わる取材だった。ますますの活躍を期待している。

藤山大樹プロフィール
1987年杉並区生まれ。高校生でマジックを始め、大学時代は数々の大会で賞を受賞。2010年、文化庁芸術祭大賞受賞者で高円寺を活動拠点とする手妻師・藤山新太郎に師事。2014年「FISM ASIA」ジェネラル部門で優勝。2015年「FISM ワールド・チャンピオンシップ・オブ・マジック」」ジェネラル部門5位を受賞。数少ない手妻継承者の1人。

「手妻は見るたびに発見があるので、何度でも楽しめます」と語る大樹さん

「手妻は見るたびに発見があるので、何度でも楽しめます」と語る大樹さん

DATA

  • 公式ホームページ:http://www.japanesemagic.jp/
  • 出典・参考文献:

    『手妻のはなし 失われた日本の奇術』藤山新太郎(新潮社)

  • 取材:坂田
  • 撮影:坂田
  • 掲載日:2015年12月28日