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愛といのちと

著:犬田卯/住井すゑ (新潮文庫)

小説家・童話作家の住井すゑさんが、犬田卯(しげる)さんと夫婦共著で、犬田さんの病(衰弱神経症)との闘病生活を記録した作品。住井さんにとって犬田さんは、文学の師であり、同じ理想を持つ者同士。犬田さんは小作人の農家に生まれ育ち、「農の文学」を提唱。文学をもって、平等な世の中の実現、自らの抑圧からの解放を掲げた。「人間はけっきょく人間だ。みんな平等だ。貴賎貧富の別なんてこっけいだ。」と常々語っていた犬田さん。しかし理解されず、弾圧され、精神を病んでいった経緯が、住井さんには自分のことのように分かるだけに、犬田さんを励まし続ける。共著は犬田さんが小康を得た時期に実現したが、やがて容態は急変する。
住井さんは、犬田さんが息を引き取った直後、犬田さんのためにもこれと思う仕事を命がけでやろうと決意。部落差別と正面から向き合い、生涯をかけた大作、『橋のない川』(※1)の執筆に取り掛かった。犬田さん亡き後の住井さんの、執筆活動への頑強な意志の源をも知ることができる作品だ。
おすすめポイント
住井さんは奈良から上京し、編集者を経て、犬田さんと結婚。1925年(大正14)年から、犬田さんの故郷の茨木県牛久に引き上げるまで11年間暮らした、杉並町成宗(現在の成田東)での逸話も収録されている。住井さんは杉並時代、同じく杉並に住んでいた物理学者の石原純さんと雑誌の発刊を計画したり、無産婦人芸術連盟(※2)に参加するなど活発に行動した。しかし家計は火の車。ペンネームをいくつも使って、当時はやりの探偵小説や少女小説を書きまくり、夫を看病し、4人の子どもを育てあげた。住井さんが教えなかった君が代を入学式で初めて聞いたという次女、増田礼子さんの杉並第二小学校時代の作文も収録。なにがあっても、自身の思想、行動を生涯貫き、子供たちにも伝えた、住井さんの杉並での姿も彷彿される。

※1 『橋のない川』:部落差別からの解放を目指す『水平社宣言』(1922年)を創案した西光万吉の生涯を描いた小説。全7巻。1990年に英訳され(『The River with No Bridge』)、民族、人種、身分など、あらゆる差別からの解放の書として世界中で読み継がれている。
※2 無産婦人芸術連盟:1930年、高群逸枝(たかむれいつえ)さん、平塚らいてうさん、住井すゑさんなど、アナキズム系の女性たちによって結成された。月刊雑誌『婦人戦線』を刊行。高群さんも当時、井荻町上荻窪(現在の西荻北)に住んでいた。

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2015年05月25日