愛川屋の「薩摩揚げ」

高円寺・愛川屋の「薩摩揚げ」

時代の流れとともにたくさんの店舗が姿を消してゆく。閉店した店舗の多くは、新しい店ができると以前はそこにどんな店があったのかも思い出せない。だが一方で、今なお語り継がれている名店と名品も存在する。
今回は忘れられない味を復活させるべく取材を行い、いくつかの名品の復刻にも成功した。ぜひ物語とともに実際の味を楽しんでいただきたい。

高円寺住民なら誰でも知っていた一品 愛川屋の薩摩揚げ

高円寺に長年住んでいる人のなかには「どんな有名店の薩摩揚げでも、愛川屋と比べちゃうとね~、満足できないんだよ」という人が多い。惜しまれつつ閉店した愛川屋の薩摩揚げは、どのようなものだったのだろう?食べてみたい!と同時に、高円寺のファンに懐かしの味と再会して欲しい! そんな思いから取材を開始したのだが、復活作業をするまでもなく、意外な展開でその味に出会うことができた。

古くからの高円寺の住民であれば、営業が終わった後も店のシャッターを半分降ろし、翌日の仕込みをする愛川屋を見たことがあるだろう。「そのまま食べても、冷めてもおいしい」と言われた愛川屋の薩摩揚げ。店舗は高円寺パル商店街「そば茶屋」の向かいにあった。在りし日の愛川屋の思い出を二代目の奥様、太田裕子(ひろこ)さんに聞いた。
初代店主、太田要助さんは戦前から薩摩揚げ屋を経営。「おじいちゃん(初代)は職人気質だし、無口で怖かった。河岸から帰ってくるとお店を全部見て、商品が綺麗に並べられていなかったり、手板(品名や金額を書いた札)が曲がっていると私を叱る。店員さんたちは"奥さんが怒られてるからちゃんとやろう"と思ったみたい。」80歳の時に病気が発覚してからも、河岸に出かけるような人だったという。
愛川屋は都内でも有名店だったので、テレビや新聞にもよく取り上げられた。店としての取材以外にも、ドラマや映画のモデルになったり、ロケに店先を貸したり、女優が役づくりのために見学に来たり。サメをさばく手を映したいというので、職人をテレビ局に派遣することもあったという。「そういう昔の思い出がいっぱいよ」と裕子さん。「商店街もきっちりした格好のお年寄りが仕切っていて、薩摩揚げを買いに来るのもそういう人たち。いろんなことをそんなお客様が教えてくれたということがあったのね。」
しかし、父親と同じで無口だが、なにかと気遣いをしてくれる優しい夫だった二代目、太田真次さんが平成18年に62歳の若さで亡くなった。その後も裕子さんは職人と共に営業を続けたが、翌19年に閉店。ただ、職人達とは今でも年二回ほど集まり交流が続いているそうである。

ロケで店先を貸した時の愛川屋店舗(提供:太田裕子さん  ※注:写真の売り物は薩摩揚げではありません) 地図:愛川屋のあった場所

ロケで店先を貸した時の愛川屋店舗(提供:太田裕子さん  ※注:写真の売り物は薩摩揚げではありません) 地図:愛川屋のあった場所

愛川屋の思い出

客の立場から見た愛川屋の思い出を、熱烈なファンだったという区民の方々にうかがった。口々に語られたのは、当時の生き生きとした店の様子と未だ忘れられない薩摩揚げの味であった。

「愛川屋で小さな頃からごく普通に買い物をしていました。大きなガラスケース、鉄板かステンレスでできていた荷造りの台、奥では魚をおろし叩く白衣の職人さんの姿があって活気のある店先にはいつもたくさんのお客さんの姿がありましたよ。注文すると白い三角巾をかぶったおばさんがものすごいスピードで薩摩揚げをドンドン大きなボールに入れていく様子も見ていて楽しかったです。」(高円寺生まれ50歳女性)
「おでんと言えば愛川屋のちくわぶ、味をよく吸ってとてもおいしい。すき焼きにも入れて食べていました」(高円寺在住50歳男性)
「あそこの薩摩揚げを食べ慣れているので、ほかで買うなめらかできれいな生地の薩摩揚げがとても味気なく感じます。ちょっと粗くひいた感じの魚、ほどよいキツネ色の揚げ感がたまらないです。」(高円寺出身59歳女性)
「閉店がわかった時には、とんでもない量の三角のショウガ、ボール、しそ巻きを購入して冷凍しましたが、わずか2ヶ月で底をつきました。」(高円寺出身80歳女性)

発見!笹塚に根付いた新生・愛川屋

ごく一部の方はご存じだったようだが、実は新生・愛川屋が渋谷区に存在している。
この愛川屋の看板を掲げるのは三代目の周東俊明さん。高円寺店で祖父(初代店主)のもと3年間修業を積み、既に高円寺より暖簾分けをして笹塚で開業していた二代目の父の跡を継ぎ、現在に至る。
薩摩揚げの作り方は、手抜きを一切しなかった祖父の時代と変わらない。材料は100パーセント生魚である。「今は大手メーカーはもちろん、ほどんどの店が冷凍すり身を使っているが、うちは30年前に当たり前だった製法を守っています。」俊明さんは使い込まれた魚肉摂取機やミンチ機を見せてくれた。これらを備える練り物屋は「いまどき他には無い」そうだ。愛川屋では新鮮な魚を使い、この機械で毎日自家製のすり身を作っている。使用する魚は河岸での仕入れによって変わるが毎回5種類ほど。取材日には鯛やブリ、カサゴなどが調理場に積まれていた。釣りが趣味の俊明さんが釣ってきた魚が材料に加わることも多い。今までで一番おいしくできたのは、自分で釣った金目鯛を混ぜた日だという。
製法を守っているのなら、昔と同じ味が楽しめるのかと尋ねたところ、「同じではない」という返事があった。「昔は行き場がないような魚が練り物に使われていましたが、今は捕れたてを使っているから一層おいしくなっていますよ。…といっても、昔の雑多なほうがいいってお客さんもいるんですけれどね。」そう言って俊明さんは笑うが、週末になると高円寺からも足を運ぶ馴染み客が絶えないそうである。三代目が受け継いだ愛川屋の精神が愛され続けている証拠であろう。

※愛川屋は、2018年春に閉店しました。

笹塚 愛川屋 住所:渋谷区笹塚2-43-7 

笹塚 愛川屋 住所:渋谷区笹塚2-43-7 

限定販売!愛川屋が高円寺にやってくる

笹塚 愛川屋を取材しながら、この味を懐かしむ多くのファンのためにもう一度高円寺で販売して欲しいという思いが強くなってきた。店主の俊明さんにお願いしてみたところ、「高円寺のお馴染みだった方にぜひ召し上がっていただきたい」と快く引き受けていただけた。
そこで、座・高円寺で開催される「座の市(劇場前で行われる市場)」での限定販売が決定。魚の濃厚な風味が口いっぱいに広がる懐かしい味わいの薩摩揚げを楽しんでもらいたい。

座の市レポート
平成26年5月17日(土)、五月晴れのもと、毎月恒例の座の市がにぎやかに開催された。初出店の愛川屋では、包装紙をかけたお土産セット、手軽に購入できる7種類セット、カップ入りのお試し用を販売。どの商品も満足感いっぱいの内容で、「高円寺の方々に笹塚愛川屋の味を試してほしい」という店主・俊明さんの気持ちがこもっていた。開店と同時に薩摩揚げを買い求める客足は途絶えることがなく、かなりの盛況ぶり。昼過ぎには完売し、「おいしい!」「また食べたい」と購入者の評判も上々であった。
今後も不定期だが、座の市に出店してくれるそうだ。

DATA

  • 取材:西永福丸、ヤマザキサエ、小泉ステファニー 
  • 掲載日:2014年03月26日
  • 再取材日:2014年06月09日