夢声戦争日記

全七巻 著:徳川夢声 (中公文庫)

徳川夢声さんが昭和16年から20年にかけて杉並天沼で過ごした日々を綴った日記を、戦後に再編集した大作。夢声さんは、新宿武蔵野館のトーキー映画の弁士として一世を風靡。以降、戦前戦後を通して、俳優・漫談家・声優・文筆家と幅広く活躍した。また、昭和2年の転居以来、生涯を天沼で過ごし、地域の名士、まとめ役としての役割りも果たした。
日記を書き始めた時期、夢声さんは50歳手前。妻と3人の娘、若杉小学校に入学予定の坊や、妻の友人、お手伝いさんの8人暮らし。仕事の合間に、庭の草木や片隅につくった畑をいじるのが楽しみな毎日。しかし、戦争拡大とともに日々の生活も変化していく。国策を指示する夢声さんだったが、しだいに悲観的、虚無的に心境が一変。戦後、夢声さんは戦時中の政府、軍の発表が嘘であったことを知り、怒りをこめて日記の公開に踏み切った。夢声一家の暮らしを記した日記は、戦前の杉並の生活史であると同時に、戦時下の杉並区民の様子を後世に伝える貴重な資料にもなっている。
おすすめポイント
徳川夢声さんの日記から、防空訓練、配給制度、国民貯蓄運動、重要物資の供出といった政府・軍の命令が、町会や隣組制度を通じて徹底され、戦争の拡大につれて強化されていく様子が読み取れる。また、中島飛行機をはじめ、区内や近隣に軍事関係施設を抱えていた当時の杉並区の事情も推し量れる。夢声さんの芸能関係の仕事も時局柄、軍や工場、戦争に関係する現場の慰問へと変わっていった。昭和19年12月7日、夢声さんは倉敷で慰問公演中、妻からの速達で荻窪に爆弾が投下され、自宅近くで犠牲者がでたことを知り愕然とする。戦時下の杉並に暮らした人々の共通の迷い、苦しみ、憤りが、夢声さんの生の声を通じて伝わってくる作品だ。

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2014年09月22日