かの子と真沙子

『かの子と真沙子』 著:井伏鱒二 (筑摩書房 『井伏鱒二全集第十二巻』 に収録)

かの子と真沙子は双子の姉妹として生まれたが、姉、かの子は実の両親のもとで育てられ、妹の真沙子は養子に出されて育てられた。かの子はこのことを知っていたが、知ってるのかどうかもわからない真沙子と、西荻窪の女子大で同期として顔をあわせることになる。終戦とともに父親が満州で破産し死去、母親もすでに亡くなっており、かの子は女中と共にとり残される。父親の腹心として東京での事業を取り仕切っていた真沙子の養父が、かの子の天沼の家を差し押さえに周旋屋(しゅうせんや)を派遣してくる。真沙子と立場が逆転し、住まいも失った、かの子の苦悶の日々がはじまる。
おすすめポイント
お嬢様育ちながら、真空管のハンダづけの内職をしたり、家出をしたり、親がわりの元女中お杉さんと二人三脚で苦境を乗り越えていくかの子の姿がすがすがしい。かの子をたすける女子大の友人たちや、開業医、薬屋、魚屋…、近所の荻窪界隈の人々とのエピソードが、当時の町の様子も彷彿とさせてくれる。戦後の混乱期の杉並にまきおこった家族の葛藤を、比較的裕福な家庭のお嬢さんを主人公に描いた希少な作品。女性の機微をとらえた井伏鱒二の文章も美しい。女性の視点で杉並のこの時代をふりかえりたい方にもおすすめの書。

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2012年01月05日