杉並の教育・未来の教育

杉並区教育委員会の教育長として10年以上にわたり教育行政に携わる井出隆安教育長と、天沼中学校PTA会長時代から保護者の目線で教育に関わり、現在は文部科学省中央教育審議会委員も務める生重幸恵さん。お二人の教育に対する思い、そして杉並区の教育について語っていただいた。

一人一人の思いを実現-杉並区がやってきたこと

(生重)今、日本の教育にいろいろな課題が出てきていて、私の感覚では、明治以来初の一大改革期に入っているという意識なんです。形あるものはいずれ形骸化しますよね。その形骸化が、ここで何とかしない限りどうしようもないというところに来ているのではと。そういう意味では、杉並って、ある意味大胆なまでにさまざまな課題に切り込んできている街だと思います。

(井出)例えば家庭科の授業でも、ミシンを使ったことがある人が子供たちのそばに付いて教えてくれればこんなにいいことはない。杉並が採った方法は、そういった学校の授業をサポートしてくれる学校サポーターと学校をつなぐ専門のコーディネーターを用意したことです。そういう仕事を始めたのが生重さんたちをはじめとする最初の学校教育コーディネーター(※1)で、4人からはじまり今では200人を超える方々が活躍されています。これは教育委員会がねじりはちまきで広げたものではなくて、15~16年かかったけれど自主的に広がった。今、文部科学省がこの「杉並モデル」を全国展開しようとしているけれど、そんなに簡単ではない。だから内閣府地域活性化伝道師として生重さんが仕事をされているのだけど、それはもう大変な事だと思います。

(生重)私が杉並はすごいなと思うのは、杉並区の社会教育事業推進委員(車座委員)をやっているときに、行政が抱える課題も市民力で解決していこうというところから「すぎなみ地域大学」(※2)ができたんですよね。区民の力を借りて一緒にやる人を育成していこうとする、そういう方たちがまた学校に来てくれる。こういう流れが、本当にゆるやかに生まれていっています。もう1つが「すぎなみ大人塾」(※3)。これはけっこう全国からも注目を浴びているんですが、大人が自ら議論し合って、自らの意思で課題を見つけて、そこからNPO法人や任意団体が生まれて、自分たちのできる活動を生み出していこうという取り組みです。自ら住む街は自らの手でよくするんだという意識がありますね。

(生重)2012(平成24)年、杉並で育つ子供たちは自分たちでいじめ問題を話し合うようになりました。23校の中学生が自ら立ち上がって、自分たちの言葉で語り合う場を作っていく。誰に言われなくても自分たちがおかしいと思っていることをきちんと声にできて、それを形にできる街だということだと思うんです。子供たち一人一人が思ったことを語れる空気が教室の中にあり、それが学校全体に広がって、子供たちの意思として実現されていく。私が誇る杉並の最大の特色です。

(井出)今、生重さんが話されたことを、どうみんなが共通に理解して合意していくか。この合意の形成を支えることが、我々の大きな仕事の1つです。

(生重)杉並に中学生レスキュー隊(※4)があることを他のエリアの人は知らないし、杉並の保護者は杉並にしかないことを知らないんです。全中学校にレスキュー隊があって、日頃から年間を通してさまざまな活動で大人とも交わり、地元の消防団にも教えを請い、つながりを持つ。「すごいですね」って他の人に言われます。

(井出)あまり知られていないかもしれませんね。

(生重)その他にも杉並区はかなり戦略的にやっていますね。例えば、学区を弾力化した学校希望制のときには、学校自体に努力してもらう一方でコーディネーターを配置しながら各校に特色を付けて、5年後には「学校支援本部(※5)」というコーディネート組織に転換し、地域住民の協力を得ながら各学区に戻していく。その経験をしてきた人たちが今いるわけだから、次にまた形骸化してしまうことのないように、一緒になって地域社会が学校教育をもり立てていくんだということですよね。

(井出)学校だけで教育するわけではない、家庭だけでするのでもない。教育は個人的に行われるものではなくて、社会でやっていくものなんです。

※1  学校教育コーディネーター:学校と外部をつなぐパイプ役。教員と地域住民や外部講師などとの間に入って授業をコーディネートする役割を果たす。2002(平成14)年に導入され、2010(平成22)年度末にはその役割を学校支援本部にすべて移行した。
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すぎなみ学倶楽部 ゆかりの人々 >【アーカイブ】杉並の人々 学校教育コーディネーター 伴野博美さん

※2  すぎなみ地域大学:杉並区が開設した地域人材育成の仕組み。地域活動に必要な知識・技術を学び、仲間を広げ、地域社会に貢献するための講座を区民を対象に実施している
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すぎなみ地域大学(外部リンク)

※3  すぎなみ大人塾:新しい地域づくりのため、自分を振り返り、社会とのつながりを見つける「大人の放課後」をキャッチフレーズとする学習の場
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すぎなみ大人塾(外部リンク)

※4  中学生レスキュー隊:防災意識や地域貢献意識等を高めることを目的に、中学生が災害時に役立つ知識・技能を身につける活動
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すぎなみ学倶楽部 特集 > 杉並の教育 > 中学校の今

※5 学校支援本部:地域と一緒に学校の教育活動などを支援するために設置された、ボランティアによるネットワーク型組織
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学校支援本部(外部リンク)