スギヤマカナヨさん

本の楽しさを伝え続ける絵本作家

1995(平成7)年から杉並区で暮らしている絵本作家・スギヤマカナヨさん。その活動は、絵本作りだけにとどまらない。子供向けのワークショップを全国各地の図書館や小学校などで開き、視覚障害児のための雑誌「手で見る学習絵本テルミ」の編集長を務めている。また、公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(※1)に協力し、アジアの子供たちに絵本を送ったり、同法人のミャンマー事務所で出版研修の講師を務めたりするなど、活動は幅広い。
杉並区でも、「子ども読書活動推進懇談会」の委員として読書活動の推進に関わるなど、多方面で活躍中。赤ちゃんのためのブックスタート(※2)のブックレットでスギヤマさんのイラストを見た人も多いのではないだろうか。
さまざまな方法で本の楽しさを伝えているスギヤマさんに、絵本作りやワークショップなどについて話を伺った。

西荻窪・今野書店でのワークショップで子供たちに語りかけるスギヤマさん (撮影:2023年9月10日) 

西荻窪・今野書店でのワークショップで子供たちに語りかけるスギヤマさん (撮影:2023年9月10日) 

デビュー作は架空の島の動物図鑑

スギヤマさんのデビュー作は、1991(平成3)年に出版された絵本『ノーダリニッチ島 K・スギャーマ博士の動物図鑑』。架空の島に生息するユニークな動物たちが、図鑑のようなスタイルで描かれている。大学の卒業制作として作られた後に出版プロデューサーの目に留まり、出版に至った。この本には、どこにもスギヤマさんの名前は書かれておらず、あくまでもK・スギャーマ博士が作った図鑑ということになっている。100種類もの架空の動物が生き生きと描かれた面白さが評判を呼び、後に同シリーズの植物図鑑も出版された。
2014(平成26)年には、この2作の原画展&企画展を杉並区立宮前図書館で開催。「図書館で新しい生き物が見つかったという設定で、子供たちが考えた新しい動物や植物を募集しました。たくさん集まって、新種発見の表彰式も行ったんですよ」とスギヤマさんは振り返る。

『ノーダリニッチ島 K・スギャーマ博士の動物図鑑』と同『植物図鑑』(絵本館)

『ノーダリニッチ島 K・スギャーマ博士の動物図鑑』と同『植物図鑑』(絵本館)

軽やかなタッチで命の大切さを伝える絵本

「学生時代から絵本作家になりたいという明確な目標はなかったのですが、ものを作る仕事、作ったもので人が楽しめるような仕事をしたいと思っていました」とスギヤマさん。大学卒業後はステーショナリーの会社でデザイナーとして働き、米国に留学してエッチング(版画の一種)の技法を学んだりしながら絵本作りを続けてきた。
その後多数出版された絵本の内容はさまざまだが、どれも子供の気持ちに寄り添い、優しい視点で描かれている。
2004(平成16)年に出版された、犬との出会いと別れを描いた『やっぱり犬がほしい』は、しばらく絶版だったが、本を開く向きで違う物語になる、珍しいスタイルの本となって生まれ変わった。命と向き合うという重くなりがちなテーマを、シンプルな線で軽やかに、子供にも読みやすく描いた作品だ。

2023(令和5)年に新版として発行された『やっぱり犬がほしい 』(アリス館)

2023(令和5)年に新版として発行された『やっぱり犬がほしい 』(アリス館)

読むだけじゃない、本の楽しみ方

スギヤマさんは、子供向けのワークショップにも力を入れている。
2023(令和5)年9月10日、西荻窪の今野書店で行われたワークショップの様子を取材した。スギヤマさんの絵本『みーせーて』を元にした企画で、子供たちが宝物の絵を描いて皆に見せるという内容だった。帽子をかぶり赤い服を着たスギヤマさんは、まるで絵本の中のキャラクターのよう。最初は恥ずかしそうにしていた子も、スギヤマさんの楽しいトークに引き込まれ、笑顔で宝物を発表していた。本は読むだけでなく、いろいろな楽しみ方があるということを体感できるワークショップだった。

ワークショップの告知チラシ。スギヤマさんのワークショップはいつも大人気だ

ワークショップの告知チラシ。スギヤマさんのワークショップはいつも大人気だ

どんな子供でも楽しめる本を作りたい

今野書店でのワークショップで使用されていた「キットパス」という画材は、日本理化学工業株式会社の製品。全社員の約7割が障害のある社員で、スギヤマさんは以前から、障害者雇用を進めるこの会社の理念に共感し、「キットパス」の普及に尽力してきた。「私の絵本『おやすみとおはようのあいだ』の絵は全て、この“キットパス”で描きました。発色がいいんですよ」とスギヤマさん。「子供が安心して眠れるように、と思って作った絵本です。いろいろな状況に置かれている子供たちが誰でも自分のこととして読めるよう、このお話には親が登場しません。同じ理由で食べ物も出てきません。食べられない状況の子供もいますから」

「キットパス」で描いた作品『おやすみとおはようのあいだ』(めくるむ)

「キットパス」で描いた作品『おやすみとおはようのあいだ』(めくるむ)

「キットパス」は窓ガラスなどに描いて、ぬれた布で消すことができる

「キットパス」は窓ガラスなどに描いて、ぬれた布で消すことができる

宮前図書館とタッグを組んで

宮前図書館職員の西本麻希さんは「スギヤマさんと宮前図書館のお付き合いはもう10年ほどになります」と言う。例年夏にワークショップや原画展を一緒に企画し開催しているそうだ。「スギヤマさんの考える企画は、単発のイベントだけで終わらせず、図書館の蔵書と連動させたり、館内の飾りつけと組み合わせたりと、図書館を丸ごと使うところが面白いんですよ」。一方、スギヤマさんは「宮前図書館のスタッフは手作り力がすごい。視覚障害者のための触って楽しむ布の絵本を作ったり、私がデザインした宮前図書館のマスコットキャラクター“みゃーまえくん”のぬいぐるみを作って動画をSNSに投稿したり。例年夏の館内スタンプラリーの景品は“みゃーまえくん”グッズなんですよ」と笑顔で語る。

スギヤマさんと一緒に長年企画を立てている宮前図書館の西本さん(写真左)

スギヤマさんと一緒に長年企画を立てている宮前図書館の西本さん(写真左)

「みゃーまえくん」と仲間たち(写真提供:杉並区立宮前図書館)

「みゃーまえくん」と仲間たち(写真提供:杉並区立宮前図書館)

本が嫌いな子、集まれ

「本が嫌いな子もいます。読書という言葉がバリアになって、本を遠ざけてしまう子もいます。でも、きっかけがあれば、本の楽しさを知ってもらえるのではと思い、宮前図書館のスタッフと以前に作ったのが“本がきらいな子あつまれコーナー”です」とスギヤマさん。「まず、本が嫌いな子たちに、自由に好きなものを紙に書いてもらいます。野球とか、食べることとか。そして子供たちが書いた好きなものにまつわる本を図書館中から集めてきて並べるんです。そうすると、こんな本もあるんだ、と手に取ってくれたりする」。それをきっかけに、普段はあまり本を読まない男の子が「今度、ちょっと学校の図書館に行ってみようかな」と言ったこともあったそうだ。
本の楽しさを伝えたい、というスギヤマさんの思いは、子供たちに本への興味を芽生えさせ、それを育んでいるに違いない。

2023(令和5)年8~9月に宮前図書館で開催された原画展「おやすみとおはようのあいだ」

2023(令和5)年8~9月に宮前図書館で開催された原画展「おやすみとおはようのあいだ」

本の楽しみ方はたくさんあることを、スギヤマさんは教えてくれる

本の楽しみ方はたくさんあることを、スギヤマさんは教えてくれる

取材を終えて

ワークショップでは子供たちをとりこにするエンターテイナーのスギヤマさん。パワフルにいろいろな活動を行う一方、子供のために考え抜かれた作品からは繊細で優しい心が垣間見られる。インタビューではスギヤマさんが本作りで出会った人たちの素晴らしい仕事についての話が広がり、時間を忘れるほどだった。スギヤマさんの周りにはいつも人の輪が広がっていると感じた。

スギヤマカナヨ プロフィール

静岡県三島市生まれ。東京学芸大学初等科美術卒業。1991年『ノーダリニッチ島 K・スギャーマ博士の動物図鑑』で絵本作家デビュー。1998年『ペンギンの本』で講談社出版文化賞受賞。主な作品に『ほんちゃん』『ぼくのまちをつくろう』『おやすみとおはようのあいだ』『あいうえあそぼうとしょかんで』(共著)などがある。「手でみる学習絵本テルミ」編集長。杉並区子ども読書活動推進委員

※1 公益社団法人シャンティ国際ボランティア会:アジア7カ国8地域で教育文化支援、緊急人道支援を行っている団体
※2 ブックスタート:自治体の子育て支援事業。杉並区では4カ月検診の際に絵本と図書館の案内をプレゼントしている

DATA

  • 取材:仲町みどり
  • 撮影:仲町みどり
    写真提供:杉並区立宮前図書館
    取材日:2023年09月04日
  • 掲載日:2023年11月20日