相宮慧子さん

刺繍(ししゅう)との出会い

杉並区成田東にあるアトリエ「Keiko AIMIYA エンブロイダリー・ホワイト」で作品制作に励む刺繍作家・相宮慧子(あいみや けいこ)さん。主に白い布地に白糸で刺す「白糸刺繍」と、透ける布地に白糸で刺繍し模様を影のように透かしてみせる「シャドーワーク」に取り組んでいる。
刺繍との出会いは東京家政学院短期大学の学生時代。担任のフランス刺繍の先生から学ぶうちに、いつのまにか夢中になっていた。そこで、当時文化女子大学の教授だった誉田文子さんが自宅で開いていた会に参加し、本格的に学び始めたという。「短大の先生や誉田先生に基礎からしっかり教えていただきました。誉田先生は派遣先のフランスで勉強された経験もお持ちで、かわいらしいものだけでなく新感覚の刺繍もたくさん手掛けており、さまざまな技法を教えていただきました」

白糸刺繍作家・相宮慧子さん(写真提供:中村雅也さん)

白糸刺繍作家・相宮慧子さん(写真提供:中村雅也さん)

アトリエにて。白い生地に白い糸で丁寧に刺繍を施していく(写真提供:中村雅也さん)

アトリエにて。白い生地に白い糸で丁寧に刺繍を施していく(写真提供:中村雅也さん)

白糸刺繍に魅せられたベネチア旅行

初めはさまざまな色の刺繍作品を作っていたが、ベネチアへ旅行した時に美術館や店で白糸刺繍を見て「これだ!」と思った相宮さん。「美術館に展示されていたのは、13世紀頃に日常で使用されていたナプキンやテーブルクロスで、モスリンなどの薄い生地に白い糸で刺繍されていました。実用品として使い、洗濯してアイロンをかけられる、私もそういう物を作りたいと思いました。その中でも着るものにしてみようと、主にブラウスに刺繍し初めたのです」

日本画の影響
相宮さんの刺繍のデザインには、日本画を勉強した経験が生かされている。「父が趣味で日本画を描いており、私も飯田満佐子先生の門下でした。先生が特に重視していたのが余白です。余白は対象物を際立たせます。私の刺繍作品も、空白を効果的に用いるようにしています」。飯田先生からは、線の大切さも教わった。「日本画は西洋画と違い、物を塊としてではなく、線で形を正確に捉えます。そしてそれは、すぐに刺繍のデザインにもなります。日本画での技法は、私が刺繍のデザインを起こすときにとても役立っています」。フランスで個展を開いた時にも「線が良い」という感想をもらったそうだ。

空白の美が刺繍を際立たせるブラウス

空白の美が刺繍を際立たせるブラウス

花とイニシャルをあしらった優雅なステッチのリビングピロー

花とイニシャルをあしらった優雅なステッチのリビングピロー

パリでの個展

1982(昭和57)年から刺繍作家として活動を始めた相宮さん。日本のほかフランスでも個展を開催し、作品を発表している。
フランスでの最初の個展は1990(平成2)年。「当初はDMC(※1)のパリ本社で開催するはずでしたが、本社が移転することになり話が白紙に。ですが、“せっかく準備してくださったから”とDMCの方がサントノーレ通りにあったジュンク堂パリ店2階のギャラリーを紹介してくださいました」。周りからは、パリで個展をするのだから日本らしい作品を作ったほうがいいのではという声もあったが、あえてどの国でも通用する普遍的なモチーフを、シンプルなブラウスに刺繍した。「無我夢中で作ったので、パリの方々から好意的な感想をいただけてとてもうれしかったです。“神秘的な感じ”など、日本人があまり使わない表現もあり、こんなにほめてもらえるのかと驚きました。DMCの方も“目に心地よい”とコメントをくださいました」。来場者に感想を書いてもらったノートは相宮さんの宝物だ。

▼関連情報
DMC(外部リンク)
パリジュンク堂書店(外部リンク)

1990年(平成2)にパリで個展を開催。刺繍糸メーカーDMCの日本支店長(当時)を務めていたアランさんとカフェでの一枚(写真提供:相宮慧子さん)

1990年(平成2)にパリで個展を開催。刺繍糸メーカーDMCの日本支店長(当時)を務めていたアランさんとカフェでの一枚(写真提供:相宮慧子さん)

日本的な物ではなく、シンプルなブラウスを展示した(写真提供:相宮慧子さん)

日本的な物ではなく、シンプルなブラウスを展示した(写真提供:相宮慧子さん)

来場者からのコメント。「大変美しい作品」「うっとりします」といった好意的な感想が並ぶ

来場者からのコメント。「大変美しい作品」「うっとりします」といった好意的な感想が並ぶ

南仏の教会での個展

南仏でも2013(平成25)年を皮切りに5回個展を開いた。旅行中にボーリュー・シュル・メール(※2)という町を訪ねたことがきっかけだった。「穏やかな雰囲気がとても気に入り個展を開きたいと思ったのですが、ギャラリーは絵や写真の展示が主で、“服を飾るの?”と言われてしまいました。あきらめかけたとき、ふと立ち寄ったワイン店の奥さんが教会で展覧会やってるから見に行ってみたらと勧めてくれたのです」。そこは11世紀に造られた教会を改装したボーリュー・シュル・メール市役所保有の多目的ホール「チャペル・サンクタ・マリア礼拝堂」だった。1回目の個展が盛況に終わると、市役所から「来年もどうですか?」と依頼があった。「回を重ねるうちに市の協賛も得ました。市長が来場されたことや、現地の新聞に紹介されたこともあります。作品への反応も良く“ブラウスだけどこれはアートね”とのコメントもいただきました」

相宮さんが一目で気に入った「チャペル・サンクタ・マリア礼拝堂」(写真提供:中村雅也さん)

相宮さんが一目で気に入った「チャペル・サンクタ・マリア礼拝堂」(写真提供:中村雅也さん)

教会の白い内装に白い刺繍作品が映える(写真提供:中村雅也さん)

教会の白い内装に白い刺繍作品が映える(写真提供:中村雅也さん)

白糸刺繍を広めていきたい

白糸刺繍の魅力を伝えるため、アトリエで始めた教室は30年ほど続いている。通常50人ほどが習っており、相宮さんの作品が好きで遠方から通って来る人も多い。
2020(令和2)年8月には杉並区区民ギャラリーで展示を行った。「ちょうど地域を大切にしたいと思っていた時でした。見に来てくださる地元の方の中には、染めや華道をしている人もおり、良い刺激になりました。いつかまた区民ギャラリーでも個展を開きたいですね」
これからも伝統的なテクニックを用いながら新しいデザインにも挑戦したいと話す相宮さん。「DMCの工場を見学した時に、トップの方からもっと白糸刺繍を広めて、伝えてほしいと言われた言葉が心に残っています。良い作品を作り続けながら普及に取り組んでいきたい。そして、個展や教室などを通じて、地域の方々にも刺繍の魅力を伝えたいと思っています」

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>杉並のアートスポット>杉並区区民ギャラリー

取材を終えて
相宮さんの意志の強さに感服した。パリや南仏での個展は開催までに紆余曲折あったと思うが、白糸刺繍への情熱がそれらを吹き飛ばしてしまったように思えた。

相宮慧子 プロフィール
東京生まれ。東京家政学院短大家政科卒業。墨絵を故飯田満佐子氏、ヨーロッパ刺繍を故誉田文子氏に学び、1982年から刺繍作家として活動。作品は主に白糸刺繍とシャドーワークで、国内とフランスで発表している。主宰するアトリエ「Keiko AIMIYA エンブロイダリー・ホワイト」で白糸刺繍の普及、および後進の指導に日々励んでいる。

※1 DMC:フランスの手芸糸メーカー。1746年創業
※2 ボーリュー・シュル・メール:ニースとモナコに挟まれたコート・ダ・ジュールにある保養地

成田東にあるアトリエ「Keiko AIMIYA エンブロイダリー・ホワイト」

成田東にあるアトリエ「Keiko AIMIYA エンブロイダリー・ホワイト」

2020(令和2)年8月に区民ギャラリーで開催された相宮慧子「ヨーロッパ白糸刺繍」展(写真提供:中村雅也さん)

2020(令和2)年8月に区民ギャラリーで開催された相宮慧子「ヨーロッパ白糸刺繍」展(写真提供:中村雅也さん)

優美なウエディングドレスも展示され、区民ギャラリーを訪れる人々の目を楽しませた

優美なウエディングドレスも展示され、区民ギャラリーを訪れる人々の目を楽しませた

アトリエのポストカード

アトリエのポストカード

DATA

  • 取材:みすみほ
  • 撮影:みすみほ、TFF
    写真提供:相宮慧子さん、中村雅也さん
    取材日:2021年06月25日
  • 掲載日:2021年09月27日