チャンキー松本さん

街のイベントで人気の似顔絵切り絵師

街の一角で、一心にハサミを動かしている不思議ないでたちのおじさんを見たことはないだろうか?向かい合った椅子にはモデルになる人が腰掛け、後ろには順番待ちの人……。
ここ数年、各地の街おこしイベントで人気を誇る似顔絵切り絵師、チャンキー松本さん。西荻窪在住で、特に地元のイベントではおなじみの人物だ。切り絵だけでなく、「西荻案内音頭」の作詞と振り付け、CDの制作(ボーカル・ジャケットデザイン)、ポスターやフライヤーのイラストなども担当。すっかり街の名物おじさんとなったチャンキーさんだが、西荻窪に引っ越してきたのは2011(平成23)年。それまでメインの活動舞台は大阪だった。“目立ってなんぼ”のチョンマゲスタイルにしたのも、大阪在住の33歳のとき。突然東京に転居し、似顔絵切り絵という新分野に挑戦した訳はなんだろう?

わざ物のハサミを構えたチャンキー松本さん(写真提供:川島小鳥さん)

わざ物のハサミを構えたチャンキー松本さん(写真提供:川島小鳥さん)

大阪ではイラストレーター、バンドボーカル、講師

チャンキー松本さん(本名:松本弘三さん)は、1967(昭和42)年3月2日、香川県生まれ。高松工芸高校デザイン科を卒業するまで香川県で暮らした。幼稚園の頃から先生や友だちの似顔絵を描き、そのうまさで周囲を感心させた。さらに小・中・高校で似顔絵の才能を開花させた。「僕はなにより人の顔に興味があって、それも着色せずクロッキー(※1)で描くのが好きなんですね。風景画にはあまり興味がなかったんです。」とチャンキーさん。
神戸の美術系の専門学校を卒業し、44歳で東京に出て来るまでは、イラストレーターとして新聞、雑誌、テレビなどのメディアの仕事や、広告やポスターの挿絵など、依頼主の要望に合わせてなんでもこなした。また、並行してアクリル絵の具によるアート制作にも取り組んだ。「仕事とは別に、自分の世界を表現したい欲求がありました。抽象ではなく、たとえば横尾忠則さん風の具象画を想像してみてください。」また、大阪のライブハウスを中心にバンド活動にもはまったと話す。「ボーカル担当ですが、ロックからコミックバンドまで、多いときは4つもかけもちでやっていましたよ。」このほか、アートカレッジ神戸(専門学校)や神戸芸術工科大学で講師も務めた。29歳のとき、「彼女の方が絵はうまい。」といういぬんこさん(※2)と結婚。夫婦そろってイラストレーターだから、共同作業も当然多くなっていく。

※1 クロッキー:デッサンの一種。特にすばやい描画を特徴とするスケッチ
※2 いぬんこ:イラストレーター、挿絵師。浮世絵などの影響を受けつつ現代感覚で描く作品が特徴。主な著書に『おかめ列車』シリーズ、『うれないやきそばパン』『ここにいるよ ざしきわらし』『こけしのゆめ』など

アクリル画で自分の世界を表現する(写真提供:チャンキー松本さん)

アクリル画で自分の世界を表現する(写真提供:チャンキー松本さん)

バンドボーカルではじけるチャンキーさん(左)(写真提供:チャンキー松本さん)

バンドボーカルではじけるチャンキーさん(左)(写真提供:チャンキー松本さん)

東京で絵本作家になる

2011(平成23)年6月、NHK Eテレの人気子供番組「シャキーン!」に立ち上げから関わっていたいぬんこさんが、東京に転勤となった。フリーのチャンキーさんは迷いながらも東京への転居を決意。大阪城にほど近い都心から西荻窪へと環境は一変した。仕事の内容も大きく変わった。
まず出版社から、一般の人の農業への関心を高め、専業農家を元気づけようという趣旨の絵本の制作を依頼された。「実は僕、宮沢賢治の『農民芸術概論』(※3)を読んで共感していたので、そのささやかな実践になるかと思いました。」とチャンキーさん。「現地を何度も訪れて農家の人の話をじっくり聞き、お米のすばらしさ、農業を守る大切さを深く納得した上で、絵本のストーリーを5年近くかけて練り上げました。農薬で管理された田んぼから切り分け、無農薬にすると、そこに多様な生物が戻ってくるというお話を『たがやせ!どじょうおじさん』という絵本にまとめたのです。」これを皮切りに、絵本3冊(平成28年現在)を出版した。

※3 農民芸術概論:宮沢賢治が羅須地人協会での講義用に書いた芸術論。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という一文で知られる

絵本『たがやせ!どじょうおじさん』(写真提供:チャンキー松本さん)

絵本『たがやせ!どじょうおじさん』(写真提供:チャンキー松本さん)

似顔絵切り絵のすごさを世界に知らせたい

似顔絵切り絵を始めたのは、チャンキーさんが36歳の時。たまたま買った1,000円のハサミでいぬんこさんの似顔絵を切ったらうまくいったというのがきっかけだ。最初は遊びで切っていたが、西荻窪への転居を契機に人前で見せる本気の芸になった(※4)。「ハサミでスケッチブックの白い紙を切り、仕上がったものを黒い台紙に載せます。似顔絵にはデフォルメ(※5)のイメージがありますが、僕はデフォルメはしたくない。どちらかと言うと能面のイメージなんです。お客さんと対面したら、まず顔と体全体からムードを感じ取ります。優しさ、強さ、チャームポイントなどを漠然とつかみ、二つ折りの紙でまずアウトラインを切り出します。切り過ぎると修正できないので、はじめ甘めに切る点は彫刻と似ているかもしれません。普通の顔とおっしゃる方でも、本当は一人一人個性的な顔の持ち主なんですね。決め手はやっぱり目です。細かい造作や左右の違いは微調整します。女性は実際よりきれいに補正してあげると喜ぶし、男性も愛のある補正に悪い気はしませんよね。」
正面の顔の似顔絵切り絵に取り組んでいる人は、全国に数名いる程度らしい。「これまで似顔絵は軽く見られがちでした。似顔絵切り絵ってこんなにすごいんだよ、ということを日本から世界に発信したいんです。他の芸ではネタに限りがありますが、似顔絵は人の数だけネタがある。いわば無限なんです。線画と違い、切り絵には手ごたえがあるし、単純化されたフォルムがモデルになった人を幸せな気分にします。さらに鑑賞する人たちのコミュニケーションを活発にする力もあります。これからはぜひ、世界の人たちに似顔絵切り絵のすばらしさを知らせる伝道師になりたいと思っています。」

※4 最初は1回100円から始めた。技の向上につれ値上げして、現在は1回1,000円。制作時間は大人10分、子供5分が目安
※5 デフォルメ:対象を意識的に変形して強調する美術の手法

有名人の似顔絵切り絵(写真提供:チャンキー松本さん)

有名人の似顔絵切り絵(写真提供:チャンキー松本さん)

音頭が街おこしの起爆剤に

チャンキーさんの元には、地方の自治体からもさまざまな依頼が来る。2014(平成26)年、アートで街おこしを図っている鳥取県大山(だいせん)町の“鳥取藝住祭”(※6)で、元病院を舞台に成長するコミュニティの物語を、5分間のアニメーションで作成。いぬんこさんと一緒に数千枚のセル画を描いた。脚本、演出、音楽、声優(地元の素人の方)など外部からの招待スタッフと地元スタッフ、これをサポートする裏方さんまで合わせて50~60人が2カ月近く泊まり込んでの作業となった。また、翌年の大山町での音頭づくりでも、地元に1カ月住み込んだと言う。「よそ者がいきなり音頭づくりをするなど不可能ですからね。町の暮らしになじみ、地元の人と親しくなった上で、地元のアーティストと協働して1つの音頭を作り上げる。今、地方には、UターンやIターンで若いアーティストが意外なほど多く住んでいるのも心強いんです。」とチャンキーさん。楽曲と踊りを全員で練習しつつ完成させ、年に一度、祭りという晴れの場で老若男女が踊って歌う。これが街おこしの起爆剤になっているそうだ。

似顔絵切り絵が個によるアートだとするなら、音頭の制作は過程も含めて集団で創るアートと言えるかもしれない。チャンキーさんと仲間たちの活動が、街と人、人と人をつなぎ、ますます元気にしていくことを期待したい。

※6 鳥取藝住祭(げいじゅうさい):アーティストが住みやすい環境づくりを地域と一体で進めている鳥取県が2014年から始めたアートイベント。国内外のアーティストが地域で暮らしながら、その地域の文化や人と触れ合う中で作品を制作する

取材を終えて
取材時にチャンキーさんが見せてくれたのは、ごく普通のハサミ。これ1本で人を幸せにできるとはすごいこと。ご当地音頭の制作は言ってみれば参加型のアート。音頭の制作・大会で出会いが増えれば男女の婚活にもなり、ゆくゆくは地元定住者を生むチャンスも広がりそうだ。

チャンキー松本 プロフィール
1967年、香川県生まれ。
大阪でイラストレーターとして活躍。並行してバンド活動、アート制作に取り組み、専門学校・大学で講師を務める。
2011年に西荻窪へ転居後、切り絵制作を開始。絵本、アニメーション、ご当地音頭の制作にも取り組む。
著書は、絵本『たがやせ!どじょうおじさん』『ちんどんやちんたろう』『こけしのゆめ』、マンガ『盆おどる本』『丸い家』、写真集『home』、小説家西田俊也さんとの共作絵本『あなけもの』など多数

西荻案内音頭に興じる人たち(写真提供:チャンキー松本さん)  

西荻案内音頭に興じる人たち(写真提供:チャンキー松本さん)  

チャンキーさんが制作した鳥取藝住祭のシンボルマーク(写真提供:チャンキー松本さん)

チャンキーさんが制作した鳥取藝住祭のシンボルマーク(写真提供:チャンキー松本さん)

絵本『ちんどんやちんたろう』(写真提供:チャンキー松本さん)

絵本『ちんどんやちんたろう』(写真提供:チャンキー松本さん)

DATA

  • 公式ホームページ:http://kamikirichanky.blogspot.jp/
  • 取材:青樹宙
  • 撮影:写真提供:川島小鳥さん、チャンキー松本さん
  • 掲載日:2016年09月05日