竹清堂

ゾウが出迎える竹工芸の老舗

かつて杉並には田畑が広がり、農産物である野菜類は東京市街地へ出荷されていた。農家が品物を運ぶため、収納容器として竹籠(かご)類を使っていたことから、甲州街道や青梅街道沿いには竹籠や竹ざるを作る職人が多く暮らしていた。『文化財シリーズ31 杉並の職人』によると、1915(大正4)年当時、青梅街道に面した杉並村(高円寺・馬橋・阿佐ケ谷・天沼・田端・成宗)では、14戸の竹籠・竹ざる作りの専業者が、街道沿いに仕事場を構えていたという。
京王線桜上水駅から徒歩5分ほど、甲州街道沿いに今も残る竹工芸の店がある。1907(明治40)年創業の老舗、竹清堂(ちくせいどう)だ。屋根の上には看板犬ならぬ竹で編まれたゾウのオブジェが飾られ、客を出迎えてくれる。店に入ると箸やスプーン、そばざるなどの日用品から、花籠や照明器具、茶道具など、さまざまな竹製品が並び、見ているだけで楽しくなる。
店の隣の工房では、3代目店主・田中旭祥(きょくしょう)さんと息子で4代目の茂樹さんが働いている。竹工芸作家でもある旭祥さんに、店の歴史や竹工芸の魅力などについて話をうかがった。

ゾウのオブジェが出迎えてくれる涼やかな店舗

ゾウのオブジェが出迎えてくれる涼やかな店舗

天然素材の温かみがある竹製品が並ぶ店内

天然素材の温かみがある竹製品が並ぶ店内

苦肉の策が起死回生へ

「祖父の喜助が神楽坂の竹籠屋にでっち奉公し、その後、現在の場所に店を構えたのが始まりです。」
旭祥さんが生まれたのは1947(昭和22)年。子供の頃は、新宿から八王子まで甲州街道沿いに30軒ほどの竹籠屋があったと聞いている。「当時は竹籠のほか、学校の給食室で使うものも作っていました。材料の竹を採りに、父と祖父と一緒によく近隣の竹林に行きました。自分の竹林ではなく、代金を払って採らせてもらうんです。切り出した後、落とした枝を集めるのが子供の仕事で、それをほうき屋に売りに行きました。ほうき屋は竹ぼうきにして売るわけです。枝を売ったお金で竹を買うので、材料費はタダになりました。子供の頃は近隣に竹林がたくさんありましたが、今は少なくなりましたね。」
農家にとって欠かせなかった竹籠だが、昭和30年頃からプラスチックやビニール、発泡スチロール、段ボールなどにとって代わられ、多くの店が廃業。甲州街道沿いの店も5、6軒になってしまったという。「父が苦肉の策で店の屋根に竹で作った白鳥を飾ったところ、見た人から注文が入って、それから、お店の看板とかショーウインドーのディスプレイや七夕用の飾り物など、大きなものを作るようになりました。その仕事があったおかげで、私の代につながりました。」
店の看板ゾウが登場したのもその頃。ある時、築地本願寺から花祭に使うゾウ(※1)の注文があり、そのゾウをお稚児さん(※2)が引っ張る様子がテレビや新聞に出たことから、関東中の寺から注文が入ったそうである。以来、店の屋根にゾウのオブジェが乗るようになり、現在で8代目。近所の子供たちの人気者になっている。

※1 花祭に使うゾウ:4月8日の釈迦(しゃか)の誕生日を祝う花祭のパレードに登場する、釈迦の誕生仏像を安置した花御堂(はなみどう)をのせた白いゾウ

※2 お稚児さん(おちごさん):神社・寺院などで、祭礼などの行列に着飾って出る男女の児童

鰻屋の大きな看板。注文により、布貼りや彩色も行っていた。店の前を甲州街道が走る(写真提供:竹清堂、昭和30年撮影)

鰻屋の大きな看板。注文により、布貼りや彩色も行っていた。店の前を甲州街道が走る(写真提供:竹清堂、昭和30年撮影)

かつては店名に父親の名が入っていたが、1976(昭和51)年より「清」の字を残して竹清堂に(写真提供:竹清堂、昭和51年撮影)

かつては店名に父親の名が入っていたが、1976(昭和51)年より「清」の字を残して竹清堂に(写真提供:竹清堂、昭和51年撮影)

築地本願寺に納めた白いゾウ。現在は作っていない(写真提供:竹清堂)

築地本願寺に納めた白いゾウ。現在は作っていない(写真提供:竹清堂)

別府竹細工との出会い

子供の頃から家業を手伝ってはいたが、店を継ぐつもりはなかったという旭祥さん。「大学卒業後、サラリーマンには向かないと思って、家の仕事をするようになりました。5年ぐらいたった頃、技術面で欲が出てきたんです。店ではうちで作ったものだけでなく、九州の問屋さんから小物を仕入れて売っていたのですが、向こうから来るものは出来がいいんです。当時製作していた籠やざるは青竹製品で、作りはしっかりしていましたが結局は消耗品でしたので、もっと違ったものを作ってみたいと思うようになりました。」
1976(昭和51)年、旭祥さんは大分県立別府高等技術訓練校に入学し、別府竹細工を学ぶ。花籠や盛り籠、茶道具などの工芸品づくりの技術を身につけた。日本にはいくつか竹工芸の産地があるが、旭祥さんの学んだ別府竹細工は歴史も古く、市の主要な産業にもなっている。竹を細かく割った竹ひごを編み、さまざまな形に作り上げていくのが特徴で、編み方は200以上あるという。「通ったのは1年でしたが、学びたいという欲求が強かったので、休みの日も作品を展示している所に行って写真を撮らせてもらったりして、いい勉強になりましたね。あの時、別府へ行かなかったら、今はなかったですね。世界が変わりました。」
技術を磨いて帰ってきた旭祥さんは、家の仕事をしながらオリジナルの伝統工芸作品を作り始める。1979(昭和54)年、「第19回 伝統工芸新作展」に初出品し、入選。その後、数々の賞を受賞し、2008(平成20)年には春の褒章で紫綬(しじゅ)褒章(芸術部門)を受章した。

田中旭祥さん。作家名「旭祥」は師事していた「石山旭波」氏よりいただいた名前

田中旭祥さん。作家名「旭祥」は師事していた「石山旭波」氏よりいただいた名前

旭祥さんの作品、千筋組木瓜(せんすじぐみもっこう)花籠「もののふⅡ」(写真提供:竹清堂)

旭祥さんの作品、千筋組木瓜(せんすじぐみもっこう)花籠「もののふⅡ」(写真提供:竹清堂)

材料にするまでに手間のかかる竹細工

日本には14属、600種以上の竹があり、寒暖の差など地方によって材質が変わるという。「南に行くほど柔らかく、北に行くほど硬い。作るものによって変えています。今は主に九州と京都から真竹(まだけ)・黒竹(くろちく)、北海道の根曲竹(ねまがりだけ)を仕入れています。」中には茅葺(かやぶき)屋根の民家で使われていた希少な「煤竹(すすたけ)」などもある。「煤竹は、もとは青竹ですが、囲炉裏の煙に200年ぐらい燻(いぶ)されて茶色くなったものです。家を解体するときにしか出ないのでなかなか手に入らず、年々高くなっていますね。」
竹を仕入れたらすぐに作れるというわけではない。材料にするための加工が必要となる。「青竹は最初に劣化を防ぐために、高温の5%カセイソーダ(※3)溶液で油抜きをします。そうすると、晒し竹(さらしだけ)といって強い竹になり、10年、20年たっても使えるようになります。」その後、天日乾燥させ、竹ひごに加工していく(写真上参照)。作るものによって竹ひごの幅や厚みを変えるのだが、いくらでも細く割れ、薄く剥げるのが、竹の最大特性でもある。
竹ひごが完成すると、ようやく編むことができる。「くず籠だったら1日5個ぐらいまとめて編みます。工芸品になると1カ月から1カ月半ぐらいかかりますね。昔はざるを1日100個ぐらい作らないとお金になりませんでした。」材料にするだけでも手間と時間がかかる竹細工。残念だが、携わる人が少なくなっているという。

※3 カセイソーダ:水酸化ナトリウムの工業上の通称名

加工工程。(1)竹を必要な長さに切断し、それを半分に、さらに半分にと荒割り。(2)(3)厚さと幅を揃えるため剥ぐ、割る、を繰り返す。(4)仕上げに面取りをする

加工工程。(1)竹を必要な長さに切断し、それを半分に、さらに半分にと荒割り。(2)(3)厚さと幅を揃えるため剥ぐ、割る、を繰り返す。(4)仕上げに面取りをする

作品によって染色も行う。通常は草木染めだが、黒だけは草木染めがなく化学染料を使う

作品によって染色も行う。通常は草木染めだが、黒だけは草木染めがなく化学染料を使う

これからの竹清堂

旭祥さんは、1998(平成10)年よりニューヨークアートフェアに出品したり、サンフランシスコ・サンタフェで個展をするなど、海外でも活動している。「始めた頃は、海外に行くなんて思ってもみなかったですね。アートフェアに参加して20年ぐらいたちますが、アメリカではアートとして見てくれるんです、実用的なものではなく美術品として。そこがうれしいですね。」
時代の移り変わりと共に変化してきた竹清堂。4代目となる茂樹さんはどんな変化を見せてくれるのか、話を聞いてみた。「伝統工芸は買ってくれる方がいないと成り立たないので、今はもっと身近に使えるものや、菓子器とか照明器具、花籠などに力を入れてます。竹製品は安く売ると価値も下がってしまうので、クオリティーの高い製品作りをしてゆきたいです。安い輸入品と比べられてしまうところもありますが、はっきり説明しながら見てもらい、買ってもらいたいですね。」
竹製品は工芸品としての美しさはもちろん、日用品としても使い勝手がよく、機能的なのが魅力だと旭祥さんは言う。「おそばを竹ざるに盛ると余分な水分を吸ってくれるし、蒸篭(せいろ)でシュウマイを蒸してもべちゃべちゃにならないので、おいしさが違います。天然素材のいいところですね。水切りをちゃんとして陰干しすれば長持ちします。花籠もブラシをかけたり、から拭きするだけで大丈夫です。」
取材を通し、改めて竹製品の魅力と価値を知った。まずは、竹清堂の歴史がつまった普段使いの籠やざるを手に取ってみてはいかがだろう。

竹は透け感も魅力。竹の灯りは、光の透過性が大事だという

竹は透け感も魅力。竹の灯りは、光の透過性が大事だという

右は4代目の茂樹さん

右は4代目の茂樹さん

DATA

  • 住所:杉並区下高井戸3-1-2
  • 電話:03-3304-3710
  • 営業時間:9:00-19:00
  • 休業:水曜
  • 補足:京王線桜上水駅から徒歩約5分
  • 公式ホームページ:http://chikuseidou.p1.bindsite.jp/index.html
  • 出典・参考文献:

    『文化財シリーズ31 杉並の職人』杉並区教育委員会編
    『図説 竹工芸 竹から工芸品まで』佐藤庄五郎(共立出版)
    『調べよう日本の伝統工業7 九州・沖縄の伝統工業』(国土社)
    取材協力:伝統工芸 青山スクエア

  • 取材:坂田
  • 撮影:写影堂
  • 掲載日:2016年10月11日