株式会社カノウプス

「誰が叩いてもいい音がするドラムを!」

ドラムの製造販売をするカノウプスでは、「いい音」にこだわり、オリジナルドラムの開発を続けている。「いい音」とはどんな音なのか。理想の音作りについて、代表取締役社長の碓田信一(うすだしんいち)さんに話を伺った。

環状八号線沿いに面したカノウプスのカスタムショップには、カラフルなドラムが所狭しと並んでいる。店の奥には工房があり、オリジナルドラムの研究、開発が行われている。
ドラムの音を決定づける要素の一つに「エッジ形状」がある。ドラムは叩いた振動がヘッド(叩く面)からシェル(胴)に伝わり、それがまた戻るという往復作用で鳴る構造になっており、音はヘッドとシェルの接触面、エッジ形状で決まってくる(図)。エッジ形状が大きいと鳴らないため、シェルの上端と下端を角度をつけて削っていく。一般的にエッジの角度は45度か30度が多いが、カノウプスでは一つ一つ角度を変えて造っている。

「ルーターという機械で削るんですが、うちは100分の1ミリまでコントロールできる機械をエンジニアと共同開発して使っています。ドラムというのはがさつな楽器なんだけど、それだけに、ちょっとした変化でものすごく音が変わってしまう。なので、理想の音を引き出すために、うちでは材質、厚さ、胴体の構成などの要素を考慮に入れ、データではなく、我々の耳で確かめながらエッジの角度を一つ一つ変えているんです。」

シェル

シェル

図

楽器店の店長からビンテージドラムのコレクターへ

カノウプスは街の楽器店から始まった。学生時代、バンドのドラマーとして活躍していた碓田さんは、1977(昭和52)年、親交のあった東京サウンド(杉並区にあった音響機器メーカー)の末友重行さん(現・カノウプス顧問)の紹介で、下高井戸の楽器店の店長になる。ところが、場所柄、新宿や渋谷に客が流れてしまい、思うように売れなかった。ならば特色ある楽器店にしようと、1980(昭和55)年、ドラマーの経験を生かし「ドラムショップ・カノウプス」として独立。専用パーツなどを取り揃えるほか、店舗内で実際にドラムを叩いて選べるようにするなど工夫を凝らした。
1984(昭和59)年には、新婚旅行先のハワイで、有名楽器店ハリーズ・ミュージック・ストアを訪れ、ドラムメーカーDWのドラムペダルを購入。帰国後、輸入販売を開始すると、これが当たり、店の名前が知れ渡った。しかし、売れてくると大手が参入し、再び客を取られてしまう。
次の手を考えた碓田さんは、中古品、60’s、70’sのビンテージ・ドラムに目を付け、アメリカへ向かった。今ではビンテージショーが開かれるほどメジャーになったが、当時はコレクターも少なく、いい物がたくさん残っていたと言う。日本で初めてビンテージ・ドラムの輸入販売を開始し、コレクターとしても有名になった碓田さん。ところが、輸入していたドラムの代理店権を大手メーカーに剥奪され、楽器店として存亡の危機に立たされてしまう。「その時、オリジナルのドラムを造れば人に取られることはないと考え、ドラムメーカーとして再スタートすることを決意しました。ビンテージ・ドラムを集めて研究するうちに、ドラムの構造にはあまり理論がない、効率だけ求めて造ったものが多いことがわかってきたことで、理想のドラムのコンセプトが生まれました。」
そこからカノウプスの音作りが始まった。

碓田さん

碓田さん

店内の様子

店内の様子

「理想の音」を求めて

「ドラムは下手な人が叩くと雑音にしか聞こえず、奏者によって音が変わってしまうんです。だったら、誰が叩いてもいい音、『ドラマーにとって理想の音』がするドラムを造ろうと、それがコンセプトになりました。」
「理想の音」とは何かと考えるうち、「レコーディングされた音」だという答えにたどり着く。それはドラム自体の音だけではなく、補正、イコライジングされた音。その音の具現化をテーマに、現チーフデザイナーの鈴木たかしさんと共に研究を重ね、1997(平成9)年、『R.F.M.(レインフォースメントメイプル)シリーズ』が完成する。
「多くのドラマーから絶賛され、どこのメーカーにも負けていないという自負がありました。ところが当時は世界的にビンテージ・ドラムの黎明期で、一部のトップドラマーにもビンテージ・ドラムを選ぶ人がいたんです。そこで再び『ドラマーにとって理想の音』とは何かと考え始め、彼らが『何年のどこのバンドのどの曲のドラムの音は最高だね』と言っていることに気づきました。彼らが求めていたのは『60’s、70’sにレコーディングされたドラムの音』だったんです。だったら、その音を作ればいいんだと。頭の中で美化されたビンテージサウンドを再現することが次のテーマになりました。」
2007(平成19)年、『ネオ ビンテージ』シリーズ第1弾として、60年代にジャズ界を席巻したドラムサウンドを再現した『NV60-M1』を発売。カノウプスは『R.F.M.シリーズ』、『NV60-M1』によって、その最新技術が認められ、世界的にジャズドラムのトップメーカーと言われるようになった。

『R.F.M.シリーズ』

『R.F.M.シリーズ』

『NV60-M1』

『NV60-M1』

商品でも工業製品でもない、「楽器」を造る

「カノウプスのドラムやハードウエア、アクセサリーは、ほとんど全て私のアイディアを元にチーフデザイナーの鈴木たかしと共に手作りで試行錯誤しながらプロトタイプを造り上げます。特にドラムのエッジ加工においては、データや機械で計測するのではなく、耳でその善し悪しを決定していきます。ドラムを触るようになって60年以上になりますが、造り続けているとできあがったドラムの音を聞けば『この音じゃない』ということは直感的に分かります。かっこいい言い方をすると、そのドラムがどう鳴りたいかが分かるんです。楽器は、綺麗で丈夫で安くできていることが至上命令の工業製品ではありません。どんなに綺麗にできていても音が悪くては楽器ではないんです。我々は、ドラマーが理想とする音を追い求めているんです。ですから、たまたまこうしたらこういう音ができましたというドラムは販売していません。」
現在、社員は16人。音楽好きが集まっている。工房で働くのはドラマーやギタリストなど楽器経験者ばかりだ。「うちのドラムの製作理論はギターから取っているものも多いんです。ギターってものすごく研究されているんですよね。だからそういうことが分かる人、楽器をやっている人かどうかっていうことが大事なんです。」

工房での作業の様子

工房での作業の様子

その先の音作りへ

2003(平成15)年、現在の高井戸東に移転。広くドラムの魅力を伝えるべく、併設するスタジオではプロドラマーを講師に迎えたドラムスクールを開講している。生徒はプロを目指す人だけでなく、初心者や子供も多い。
1995(平成7)年、阪神・淡路大震災が起こり、あらためて音楽の価値について考えたと言う碓田さん。「音楽に何の価値があるんだろうと思っていました。車は人や物を運べる、飲食店ならおいしい物を与えられる、だけど音楽は何もできないのではないか。そのような時、震災で全てを失った人が『町内に流れた音楽を聴いて涙が止まらなかった、自分もまた頑張ろうと元気が出た』という話を聞いて、音楽は聴衆に元気を与えるすごい仕事なんだと気付いたんです。だからプレイヤーがもっと良い演奏ができるように、さらに真剣にドラムを人の心を潤すことができる楽器として追求してゆこうと思いました。」
今や世界で最高品質のドラムメーカーと言われるようになったカノウプスだが、ビンテージ・ドラムのサウンドを追い越せたという自負はないと言う。
「なぜなら、ビンテージ・ドラムは60年以上の歳月を経て自然乾燥しているため、木が乾ききって音が鳴りやすく枯れた音がするからなんです。我々がどんなに考えて作ったドラムであっても60年という時間が作り上げた乾燥というビンテージが持つアドバンテージを超えることはできない。そんな失望感を感じながら日々を過ごしていたある日、ほとんど全てのミュージシャンは“大きな誤解をしている”という事実に気づきました。それは、世界の有名プロドラマーが理想の音とする60年前にレコーディングされたドラムの音は、60年後のビンテージドラムの音ではなく、60年前の新品のドラムだということです。」
つまり、60年前のビンテージドラムとの戦いは60年後に優劣が決まるということになる。
「その意味では、我々は60年前に録音されたレコードの新品のドラムサウンドを超えたと自負しています。」
カノウプスの音作りは日々進化している。

カノウプスのオリジナルドラム

カノウプスのオリジナルドラム

カノウプスの皆さん

カノウプスの皆さん

DATA

  • 住所:杉並区高井戸東2-3-16
  • 電話:03-5336-7960
  • 営業時間:11:00-19:00
  • 休業:年中無休(年末年始を除く)
  • 公式ホームページ(外部リンク):http://www.canopusdrums.com/
  • 取材:坂田
  • 撮影:坂田 写真提供:カノウプス
  • 掲載日:2015年05月18日
  • 情報更新日:2021年08月15日