和裁士

着物の魅力

かつて、どこの町にもあった呉服屋。阿佐谷の老舗呉服屋・越後屋のご主人によると、「戦前は20軒以上、半襟や帯締めなどを扱う小間物屋、履物屋なども含めれば40軒以上はあった」とのこと。呉服屋にはお抱えの和裁士がおり、誰もがごく普通に着物の仕立てを頼んでいた。しかし、時代とともに着物を着る習慣がなくなり、今では呉服屋が数軒、和裁士も少なくなってしまった。
そんな阿佐谷に貴重な若い和裁士がいるという。和裁というと年配の方がやっているイメージしかなかったが、若くして和裁を志す人はどういう方なのだろうか。自宅の仕事場で話を伺った。

ジーンズにロングワンピース姿の岩田美穂さんは、和裁というより編み物などが似合いそうな可愛らしい女性だ。1985年、栃木県出身。高校を卒業し、東京・鶯谷にある「華服飾専門学校」で和裁を学ぶ。もともと洋裁の道を考えていたという岩田さん。親友が洋裁に進むことを知り、別のことがしたいと和裁の学校へ進んだそうだ。それまで夏に浴衣を着るぐらいで着物には縁がなかったが、学ぶうちにその魅力に惹かれていったという。「着物は母から娘へと代々受け継がれ、大切にされ、歴史がしみ込んでいく感じが好きです。」
その後、上野の老舗仕立て屋「上野和裁」で5年間の住み込み修行をする。国家試験である和裁士技能検定2級を取得し、26歳で独立。若手和裁士の登竜門、全国和裁技術コンクール・全国大会で銀賞受賞の腕前を持つ和裁士である。

着物を仕立てる

果たして着物とはどんなふうに仕立てられるのか。今回の取材に合わせ、私自身の着物を仕立ててもらうことになった。数年前、亡くなった祖母の荷物から反物が出てきたのだが、仕立てる機会がなくタンスの肥やしになっていたのだ。趣味で着物を着ることはあったが、古着や既製品ばかりでオーダーメイドは初めて。出来上がりが楽しみだ。

「猫背とか腿のハリがあるとか、体の気になるところはありますか?」
着物は直線で仕立てるため、融通が利かない印象があったが、採寸では身丈や腕の長さ、腰回りを計るだけでなく、衣紋(襟部分)の長さや裾の形など、細かい要望を聞いてくれる。また、用途に応じてすり切れやすい部分に布をあて耐久性を持たせるなど、その人に合わせた着物ができるという。

和裁の道具

仕事場には低い長机が置かれ、裁ちばさみ、ものさし、コテ、文鎮、針箱が並んでいる。道具はシンプルで少なく、ひとつの道具がいく通りにも活用される。布も糸も、切るのはすべて裁ちばさみ。コテは折り目をつけたり印をつけたりさまざまな用途を補う。そしてもうひとつ、大きな道具となるのが足だ。座禅のようにあぐらをかき、足の指に布を挟んで縫っていく。さらには机の上に足を乗せ、ダイナミックに縫う。修行を始めた頃はあぐらをかけずに苦労したという岩田さん。今では足が3本目の手であるかのように器用に動かしている。すごい、これは便利だ。
和裁の仕事はすべて手縫いで行われる。ミシン縫製のものもあるが、生地への負担を考えると手縫いが一番だそう。ミシンの場合、上糸と下糸でキッチリ縫うが、手縫いは1本の糸で縫うため糸と生地の間に若干のゆるみができる。このゆるみが、生地に強い負担をかけず傷めずにすむ。また、仕立て直しをする際も、糸がすっと抜けるのでほどきやすい。ミシンで縫った着物は値段も安く手頃だが、長く大切に着たいものはやはり手縫いがいいという。
黙々と針を進める岩田さん。表裏同じ縫い目で真っすぐ縫っていくのは一見簡単なようで難しい。試しに私も、と教えてもらうが、真っすぐ縫えずヨロヨロしてしまうし、糸目の長さもバラバラだ。岩田さんは針を動かすというよりも布をたぐるようにリズミカルに縫い進んでいく。思わず見惚れてしまう縫いっぷりだ。

若い和裁士への期待

岩田さんは仕事のかたわら、「大塚きもの・テキスタイル専門学校」で非常勤講師を務め、和裁士技能検定を受ける生徒に試験対策などを教えている。岩田さん自身、専門学校を卒業後、修業先で苦労した経験がある。学校で習うことは基礎の基礎。修行を始めて一から学び直した。だからこそ教えられることもあるのではないか。
卒業後、生徒たちが進むのは和裁だけでなく着物のデザインや販売などさまざまだ。和裁の道の厳しさはあるが、着物の伝統を繋いでいくためにも進んでほしいと期待している。

専門学校での講義の様子

専門学校での講義の様子

着物をもっと身近に

「将来は自分の店を持つのが夢」という岩田さん。もっと着物を身近に感じてもらえるよう、着物だけでなく手作りの小物や日用品、アクセサリーなどが並び、誰もが気軽に入れる店を考えているとのこと。「多くの人に着物を着てもらいたい。学校の授業で着物について学ぶとか、子どもの頃から着物に触れる環境を作ってほしい。」
注文していた着物は大満足の仕上がり。私は背が低いので既製品は丈が長過ぎてお端折(女性の着物の帯下に出る部分)がもたつくのが悩みだったが、サイズがぴったりなのでスッキリ収まる。着心地のよさはもちろんだが、やはり自分のために縫ってもらえたというのが嬉しい。
最初は「静」の印象があった和裁の仕事だったが、実際は「動」である。全身を使い、黙々と縫っている姿は正に職人。手先の器用さだけでなく、体力のいる仕事だ。あらためてでき上がった着物を大切に着なくてはと思う。大事にし過ぎてタンスの肥やしにならないように。

仕立て上がった着物を着た筆者

仕立て上がった着物を着た筆者

DATA

  • 最寄駅: 阿佐ケ谷(JR中央線/総武線) 
  • 取材:坂田
  • 掲載日:2014年03月03日
  • 再取材日:2013年12月04日