すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『おじさんは、昔はハト好きの子どもだった。警察犬も育てたんだよ』
 井口さんの家は農家でした。10人兄弟の下から2番目で一番上の人とは17才も違うそうです。子どもの時から動物が好きで、特にハトはたくさん飼っていました。昔は新聞社や軍隊では急ぎの連絡にハトを使ったそうです。そして軍用に登録するとエサが配給になったそうです(子鳩を供出するとエサ代になりました)。
 昔の農家は食べ物は自分でつくっていたので困らなかったけど、家にお金はあまり無かった。現金収入、つまり、お金を手に入れるために今のサミットのあたりにあった八百屋さんが仕入れに来る野菜市場に農産物を出荷していました。 現金収入が増えたのは住む人が増えて、地代が入るようになってからだそうです。

おこづかいは、なかったねえ。
おこづかいを使うようなお店もあまりなかったけどね。



 また、家に現金が少なかったからおこづかいもほとんど無かった。遊び道具は自分でつくりました。竹馬のりの竹馬や凧あげの凧も自分でつくったそうです。 女の子が遊ぶ羽根つきの羽子板も羽も自分たちでつくったと聞きました。遊びは今と違って外で遊ぶことが多かった。家の手伝いが無い時はよく遊びましたが、親に勉強しろと言われたおぼえはないそうです。「たぶん、親は体を動かすことが好きでないと働き者にならないと考えていたのだろう」と井口さんは言います。
 今のような商店街もなくておぼえているお店は、ポンプ屋さん、ふとん屋さん、タタミ屋さん、ほかには今のセブンイレブンのところに「三州屋」という雑貨屋さんがありました。 昔はおこづかいがあってもお店が少なかったので、買えるものもあまりありませんでしたが、今はお店がたくさんあって、お金さえあれば何でも手にはいるので便利になったと言います。
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