すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『昔、私が先生をしていたときには、生徒が750人もいたんだよ』
 夏は暑く7月中旬から9月上旬までは給食後下校だったそうです。もちろん扇風機やクーラーはありませんでした。給食の種類は少なかったそうですが、味は大変よかったそうです。(文部省の給食奨励校、昭和38年のころ)。カレー、コロッケ、スパゲッティーなどが好評でした。
 特活と移動教室のことも聞きました。特活の部活動は7〜8部ありよく活動していました。代表委員は学校での決まりを相談したり、大行事の手伝い等を活発に活動していたようです。移動教室は千葉内房の「富津学園」(桃井第一小の古い教室を移すが老朽化する)、その後「富士学園」が建設されました。 現在わたしたちが利用している富士学園は第二代目の建物です。
 最後に小野さんの話を聞いて、こんな歴史がある学校なのに合ぺいするなんてもったいないと思いました。

【小野忠さんの感想】
<気が付いたこと>
・聞く態度がよかった。
・聞く内容をたくさんノートにメモしてあった。
・質問時の声が小さかった。
・一つ質問され、それについて答えるとすぐに次の質問を出すが、関連した質問を出し、話題をもう少し深めるほうがよいと思った。
<座右の銘>
たった一言が、人の心を暖める。
たった一言が、人の心を傷つける。
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