すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『二度とあってはならない戦争、その最中での子どもたちの暮らしとは‥』
【藤原康雄さんの感想】
1 短時間のこともあり私の話したことも舌足らずのところがあったと思っていますが、学童疎開の経験は強い印象をもってくれたようで嬉しく思います。校庭の桜の木のことを突然聞かれて少々面食らいました。インタビューは、なぜそのことを尋ねるのかを最初に伝えた方が応える方は話しやすくなると思います。
 「疎開」という文字は「疎(まばらにする)」と「開(ひろがる)」という意味からなっています。もともと軍事用語で、分散して闘いをすすめるという意味の言葉です。都市で足手まといになる者を地方に送り出して、都市の防空体制を強化するとともに、将来の戦力となる子どもたちを温存するためでした。私の同期生は1944年8月から1945年11月(小学4年〜5年)まで、1年あまりを両親と離れて、子どもたちだけで生活しました。修学旅行のような気分で出かけたが、戦争が激しくなると食料もなくなり、畑からこっそり作物をとって食べたりもしました。衛生状態も悪く、ノミやシラミに悩まされたものです。今の若い人たちには、そんな生活は想像もできないことでしょう。つらかったけれど、その時に鍛えられて強くなったと思うこともあります。戦争中の生活も、今となってはよい思い出でもありますが、でも、やはり戦争はよくないことだと思います。
2 私の相手をしていただいた三人にメッセージです。
 先日のインタビューご苦労様でした。勉強のまとめを拝見しました。みなさんと同じ年頃に学童疎開という異常な体験を経験した私たち世代は、これを後世に伝えて二度とこういうことを起こさないようにする義務があると思っています。これからの長い人生では、多くの出来事に遭い多くの人々に会い、いろいろと吸収して学んでいかれることと思いますが、その時には杉五小で学んだこのインタビューの技術を思い出して、あなたの知識を増やし頑張って豊かな人生を歩んでください。 ありがとうございました。
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