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| 『まちも私たちの教室だ、新しい価値を探しにまちへ出よう!』 |
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4.その他
児童館や図書館などの公共施設は、区民みんなのもの。みんなで使うものなら、どのように使えばいいのか。みんなが使うのだから、気持ちよく使いたい。
区(役所)から、「こう使いましょう」と言われるだけでなく、こちら(区民の方)から「こんなふうに使ったらどうでしょう」と提案することが大切。
杉並区の公共施設の使い方は、まだ「頭が硬い」ように感じる。いろいろ提案して、すこしずつ硬い頭をほぐしていきたいと思っているとおっしゃる。
子どもを育てるには自然のままが一番だと思う。でも、それがないなら公共の施設を利用することがいいというご意見だ。
徳山さんが育った陸前高田の自然と比べると、都会の公園は美しすぎて、子どもが遊ぶ場にはふさわしくないと思う。
子どもが好きなもの(がらくた)を持ってきて遊ぶこともできない。
最近は、おとながそこにいればたき火ができる公園などもできてきた。
地域のおとなたちが積極的に関わることで、公共施設はもっとよいものになると思う。 |
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【朝枝紗英子さんの感想】
私は、おとなと付き合うということを考えたこともなかった。でも、今日お話を伺って、いろいろなことを勉強できたと思う。
たとえば、「アニメの可能性」について、私は考えたこともなかったし、今でもよく分からないが、ただ面白いと自分が楽しむだけでなく、その先を考えることも必要なのだと感じた。
また、先生の学校の試みのように、街の人たちと協力して何かを作るというのは、とても楽しそうだと思った。私は、今、ファッションにも興味がある。
お金がないので、特に「古着」に興味がある。どんなお店を出したいか、夢見たりしている。
たまに、インターネットで、古着などのサイトを見ている。きっと、お店を出すことは、お金のことや、立地条件など、難しいことがたくさんあるだろう。
でも、もし、今、そういうことを少し具体的にして、計画を立てて、まちの人、学校の友だちとできたら、楽しいだろうな、と思った。 |
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【徳山高志さんの感想】
「特例」が持つ「創造性」
当たり前と思われていることに対して、おやっ? と考えることが多くなりました。教育しかり、社会システムしかり。日本人はゼロからものごとを創りだすことが苦手と言われています。
「答え」がない物事に対してエネルギーを傾ける時、私たちは前例に照らし合わされた答え=「慣例」と、その渦中に見出された答え=「特例」のふたつに直面します。
私は特例の積み重ねこそが、来るべき次代のよりよいシステムを創っていくと考えていますが、日本の社会システムは「特例」に対して不寛容のように思います。これは前述の「ゼロから創りだすことが苦手」という日本人の体質と無関係ではないでしょう。実は残念ながら、教育を通して、答えは与えられるものであって、見出すものではない、という習性が染み付いてしまっていることも一因です。しかし、若い世代は否応なく、自分が創ったわけでもないシステムを背負わされるのですから、その対価として、「特例」を認める寛容さを社会が持たないことには、若者は窮屈さの中で辟易してしまいます。
「今のシステムが必ずしも最もよいものではない」という一種の危機意識を世代を超えて共有することで、「特例」の持つ創造性が初めて理解できるのです。
こんなことを様々な場所で、もっとわかりやすい言葉で、子どもたちにも大人にも伝えていかなければ、と改めて考えさせられたインタビューでした。
朝枝さん、ご苦労様。でも、ちょっと難しい話になっちゃったね。 |
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