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| 『70歳現役の扇職人はアイデアとハイテクで勝負する』
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語り手:内田順久(うちだ・よしひさ)さん
宮前5丁目在住 扇職人
インタビュアー:
深沢 拓未さん(井荻中学校2年・男子)
今川 文吾さん(荻窪中学校2年・男子)
お話を聞いた日:2005年9月1日
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1.内田さんの子どもの頃の思い出
聞いた話を元に、少し調べごとをして書き出します。
子どもの頃、豊田佐吉翁(自動織機発明し、現在のトヨタグループの礎となった)にあこがれていました。
どうして佐吉翁にあこがれたのかというと、昔から日本は木工技術が発達していたので、農具や精密な仕掛けで知られるからくり人形などは木細工で作られていました。
佐吉翁は糸繰返機の絵図面を作り、宅間喜右衛門という指物師兼建具師が木工技術を駆使し、糸繰返機を製作したことが契機になってその後、自動織機が発明されたことを知ったからだそうです。
算数、算術は、親しみやすい勉強だったので真剣に学び、小学生でも円周率なんかも知っていたので近所の大学生をつかまえて生意気な話をしていました。
自分の周りには今考えると理数系の人たちが多かったように思う。
一度、空を飛んでやろうと真剣に考え、すずめをつかまえて、自分の体と比較して、自分が身に付ける羽を作ろうと考えた。竹と和紙でどのような羽を作ったら空を飛べるか計算し、試作した。
その羽をつけて山の上から飛ぼうとしたところ親にばれてしまい、自慢の試作品をすべて捨てられてしまったことがある。
親を心配させること、悪いこともいっぱいしました。 兄弟の4番目なので、学校でどんなに悪さをしても親は先生の前に出てこないことが分かっていたので先生も怖くはなかった。
全クラスの生徒を敵にまわしても平気な小学生時代でした。 |
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