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| 『狂言にこめられた深い人間洞察と平和への願い』
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2.山本東次郎さんご自身のこと
山本さんの初舞台は、1942(昭和17)年、5歳のときに、「痿痢」(しびり)のシテ・太郎冠者(たろうかじゃ)だったそうです。この演目は、およそ10分程度のものです。
子どものころは、近所の子どもと遊んだりもしたそうですが、学校に行く前と帰宅したらまた稽古をするという毎日だったと伺い、とてもいそがしい子どもだったようです。
お父さんはとても厳しい人で、夏休みは、午前中は勉強、毎日午後1時から午後5時まで稽古が続き、稽古の最中はずっと緊張したままなのでとてもつらかったそうです。
そんなとき、稽古している舞台の庭先に蝶が飛んでいるのを見て、「ああ自由でいいなあ。
蝶の行く先には自由な世界が広がっているんだろうな。
一緒に飛んでゆきたいなあ」と思ったそうです。
私はそのようなことを思ったことがないので、よほど大変だったのだと思いました。
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親御さんが貴女のことを毎日大切にしてきたから、今の貴女があるのでしょう。
面(おもて)も一緒です、毎日大切にすることを積み重ねていつのまにか700年たちました。
(山本さんは、こともなげにおっしゃいますが……)
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山登りやスピードスケートなどやりたいことはやってもいいと許してくれたそうですが、中途半端なことは許されなくて、やる以上は悔いのないように心を込めてやれといわれたそうです。
一つのことを決めてきちんとやることはなかなかできないと思うので、すごいなあと思いました。
狂言を演じていて一番楽しいことは一所懸命に見て目を輝かしている子どもを見ることだそうです。
700年ぐらい前に作られた面などをきれいな状態で保存しておくのは大変だと思いましたが、毎日大切にしているうちに700年にもなってしまうということです。
不思議な気がしますが、確かにそうだと思いました。 |
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