すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『すぎ丸は走る、南へ北へ。人々のドラマを乗せて今日も行く』
語り手:鈴木源一郎さん
南北バス「すぎ丸」ドライバー

インタビュアー:上野健太さん
浜田山小学校6年・男子

お話を聞いた日:2005年10月2日
1.クルマの好きな鈴木少年が運転手になるまで
 ぼくは南北バス「すぎ丸」のドライバーさんをしている鈴木源一郎さんにインタビューしました。鈴木さんは、昭和11(1936)年に、茨城県の笠間市に生まれました。そのころは、1つの街に自動車は2台くらいしか走っていなかったそうです。 また、そのころ、木炭車(注1)という木炭を原料にして走る車が普通で、坂道を上がる時はバックで上ったり、荷物が多いときは、坂の下で半分荷物を下ろしてから坂を上り、また降りてきて残りの荷物をのせて上っていったりしていたそうです。 昭和31(1956)年、鈴木さんが20歳のときに自動車の運転めんきょをとったそうです。(当時は18歳でめんきょがとれた)。
 元々クルマに興味があり、地元のお酒屋さんで3年運転していたそうです。 そのあと、上京し石を運ぶ仕事についた。そして昭和40(1965)年ごろ、バスのドライバーさんになった。
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