1.お店の主人になるまで
康智さんのおじいさんが上野にあったそば屋さんで働いていて、"のれん分け"で昭和13年、現在の場所にお店を持ったのが田中屋さんの始まり。お店ができた当時は、ここ(西荻北4丁目界隈)から西荻窪の駅が見えたという。
また、道には馬車が走っていたそうです。
清水さんは長男ではなく次男だったけれど、子どもの頃から、お店の手伝いをよくしていた。手伝いをするとお小遣いがもらえるのも魅力だったそうです。 そして、小学校の卒業のときの作文に「将来はそば屋になる」と書くほど、将来のことを考えていた。 そして、高校時代には、跡を継ぐとはっきり決めていた。 だから、大学に入って、就職活動の季節になっても活動などはしなかった。「大学時代はよく遊んだ」とのことでした。
また、子どもの時からそばだけでなく料理が好きで、大学生になるとファミリーレストランでアルバイトをした。
がんばって仕事を覚えたので、大学2年生の時には、そのお店を任せてもらうほどだった。
そこで働いてよかったのは、人のつかいかたの勉強をしたことだそうです。 |