すぎなみ学倶楽部 特設コンテンツ
ぼくたち、私たちが聞いた すぎなみ人 とっておき物語
えらんでね
仕事 私が「この道」を選んだ理由
転機:私の生き方を変えた、あの時
世界:世界へ視野を広げると見えてくるもの
人生:今の私につながる、ちょっと苦い思い出
社会:人とつながる、地域に生きることの意味
歴史:遠い昔の杉並のお話
特別編・杉並第五小学校 インタビュー名人になろう
全インタビュー一覧
『母から子へ、そして孫へ。"のれん"を作り、育て、守る』
語り手:志村孟一さん
浜田山在住・「中華料理・しむら」オーナー

インタビュアー:山科 好一さん(ペンネーム)
井草中学校1年生・男子

お話を聞いた日:2005年9月12日
1.お母さんがお店を開くまで

 私は、ラーメン屋さんに興味がありましたので、杉並保健所のお世話で「しむら」さんにインタビューをしました。
 志村孟一さんの生まれは大田区蒲田で、糀谷(こうじや)小学校に通っていたが、戦争が激しくなり、千葉の親戚を頼って縁故疎開をして無事に過ごしました。 しかし生活していた蒲田は工場地帯だったので、激しい空襲を受け、学校も全焼しました。
「どうせ死ぬなら家族一緒がいい」とお母さんが言うので、小学2年生の時、お母さんの実家のあった浜田山に引っ越した。そして昭和20年8月、小学4年生で終戦を迎えました。  浜田山は大きな被害はなかったが、夜、空を見上げると、アメリカの飛行機に向けて高射砲(こうしゃほう)で攻撃しているのを見た記憶があるとのことでした。 終戦当時は浜田山周辺の多くの学校が戦禍(せんか)にあい、閉鎖されていたので高千穂学園の小学校に転入しそのまま、中学・高校と進学し、専修大学を卒業した。 中学から大学までスポーツは柔道をやった。
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